アイスクリーム 富裕層 草食男子

 同じクラスのミコトくんは草食男子だった。草食系ではなく、文字通りに草を食べる男子だ。

 たまに聞く、ヴィーガン、ベジタリアンとも、少し違うらしい。一度友達相手に話しているのを、偶然に聞いたことがある。だが、その細かな違いまでは、あまり覚えていない。

 とにかく、草食男子で、そして、そういう自分を嫌っている。ミコトくんに対して、私が持っている印象は、そんなところだった。

 そのミコトくんと私は、高校二年生の時に、委員会で一緒になった。生物委員だった。

「よろしく、ミコトくん」

「カナエさん、って呼べばいい?」

「うん。あ、私、ミコトくんって呼んじゃったけど」

「あぁ俺もそれでいい。友達みんなそう呼ぶし」

 薄々知ってはいたものの、ミコトくんは普通の男子だった。ただ昼食の時に、弁当いっぱいに詰め込まれた草をむしゃむしゃと食べていること以外。

「何か、失礼だったら申し訳ないんだけど。その……食事について、一個だけ質問していい?」

 そう尋ねたのは、何度目かになる委員会中だった。

「まあ、気になるよなー」

 ミコトくんは苦笑した。やっぱり失礼だったかと、私は謝って、聞くのを止めようとした。だが、ミコトくんは「いいよ、何でも聞いて」と、ジャージのそでで額を拭いながら言う。

「色々勝手に想像されて、一方的に何か思い込まれたりするより、聞いてくれた方がいいから」

 もう一度謝ってから、私は問いかけた。

「アイスクリームも、食べられない?」

「アイスクリーム?」

 軍手についていた土が顔に落ちて、ミコトくんは鬱陶しそうに顔を振った。

 それから考えるように視線を上に向けた。

「アイスクリームって……えっと、原料、牛乳とか、砂糖とかだっけ? どうだろう。でも、どっちかって言うと液体っぽいよな、アイスクリームって。俺、液体なら、原料が草じゃなくても、飲めるのあるから」

「あ、そうなんだ」

「いや、でもなぁ……。ちょっと物によるかも。ごめん、はっきり答えられなくて」

「あぁいや、全然。ありがとう。あと、眉毛に土ついてる」

「ご親切にどうも」

 ミコトくんは軍手を脱いで、顔を大雑把に払った。

 軍手をつけ直して、再び作業を再開する。プランターの中に穴を開けて、これから育てる花を置き、土を被せ直す作業。この後、花が咲いたら、近くにある老人ホームに贈呈するらしい。

 二つ程花を入れてから、ミコトくんは言った。

「これ、失礼だったら申し訳ないんだけど、何でアイスクリーム?」

「親戚から贈られて来たんだけど、食べ切れなくて、配ってるの。でも、アイスクリームだからうちに来てもらうしかなくて。あんまり仲良くない人にはちょっと……ほら」

「俺、いいの?」

「まあ、別に。前に水やりの当番代わってもらったのに、お礼してなかったし」

「別にかぁ。まあ……俺は食わないかも知れないけど、施設の子は食べるから、もし良ければもらっていい?」

「……あ、うん。じゃあ、都合の合う日とか」

 その日、ミコトくんが児童養護施設住まいであることを、初めて知った。

 アイスクリーム贈呈の日は、同じ週の日曜日に決まった。

 日曜日はよく晴れていた。テレビには賑わうレジャー施設の様子などが映し出されていたが、アイスクリームの受け渡しをするには最悪の日だった。

 最寄り駅まで来たという連絡が来て、保冷剤を大量に詰めたクーラーボックスを手に、私はエレベーターで一階へ下りた。

 見慣れた駅の改札前。休みのせいで、普段よりも行き交う人は多かった。壁際によってクーラーボックスを地面に下ろし、『駅まで来たけど、どこ?』と打つ。

『改札前』

『人多過ぎて分からない』

『こっちでも探す。どこ?』

『壁。コンビニのそば』

 少しして、目の前に人が立った。

 そう言えば制服は着ていないのだった、と今更思い出した。

「ごめんね、来てもらっちゃって。何かよく考えたら、私がミコトくんの最寄り駅行けば良かった」

「や、俺がもらう方だし、これくらいは全然。つーかクーラーボックス、ゴツいなぁ。カップでしょ? 溶けてもいいのに」

「んー、まあ一応。あ、学校でいいけど、クーラーボックスは返してね。親の奴だから」

「もちろん」

 クーラーボックスを手渡す。

 用事が終わった。

「……雑談だけど」

 何となくお互いに壁際に寄って、横並びになった。

「カナエさんの家って、ここから近いの?」

「うん。そんなに遠くはない。ここからでも見えるよ」

 外の見える場所へ移動する。建物の並ぶ先に、銀色の塔のようなマンションがある。

「あのマンション」

「え、高。富裕層じゃん」

「普通のマンションだよ。まあ上の方の階の人は、結構稼いでる人多いって聞いたことあるけど、私が住んでるの真ん中より下だし」

「や、それでも何か……エントランスとかあって、そこで人呼ぶんでしょ」

「それはあるけど、エントランスはどこにでもあるでしょ」

「はー」

 気の抜けた声を出して、ミコトくんはぼんやりとマンションを見ていた。

「や、何か、変なこと言ってごめん」

 けれどふと、心底申し訳なさそうに言った。

「アイス、ありがとう」

 唐突なお礼に、帰る雰囲気を感じた。何か言わなければならないような気もしたが、特に何も思い浮かばず、私はうなずいた。

「じゃあ、また、委員会で」

「ん、また。ありがとなー」

 ミコトくんはあっという間に、改札の向こうに消えた。

 そういう夏が、昔あった。

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