マグマだまり ミートボール 少林寺拳法

 シン、と会場は静まり返っていた。ついさっきまでのお祭り騒ぎが、まるで嘘だったかのように。

「マグマだまり、だと。まさか、あの女は……」

「に、兄さん。何なの? この空気……」

 タケシをこの大会の観覧に誘った兄は、恐ろしげな顔で会場の中心に目を向けている。兄は、実の兄ではない。同じ少林寺拳法の道場に通う仲間で、タケシにとっては兄弟子に当たる。兄は道場の中では最も強く、いつも笑顔で皆を引っ張ってくれている。このように恐れを見せたことなど、タケシの前では一度もなかった。

 兄から答えが返って来なかったため、タケシは改めてそこに目を向けた。

 リングにいるのは、二人の男女。一人は、長い黒髪を持つ細身の女。リングに片手を突いて、じっとしている。もう一人は、挑発的な目をした、タケシと同じ年頃の少年である。二人とも見かけ上は、タケシでも頑張れば勝てそうな体格だった。

「へえ、びっくりした。その技、何か聞いたことあるよ。どこで聞いたんだったかなぁ」

 少年が言った。女の表情はぴくりともしない。

「それで? 技名を言うだけ?」

「いいえ」

 女はリングから手を離し、太ももで軽く払いながら立ち上がった。

「終わっている。既に」

「は? 何も起こってないけど」

 女は何も言わず立っている。その立ち姿は、タケシに、中学校の図書館にいる司書を思い出させた。落ち着いていて、争い事などとは無縁そうで、リングなど到底似合わない。

 ふん、と面白くなさそうに目を細めた少年は、胸の前で拳を握りしめた。その手にはメリケンサックがはめられている。しかも単なるメリケンサックではない。手の甲側には、細かな棘がびっしりとついていた。

「何だかよく分かんないけど、何もないんなら行くよ! 必殺! ミートボール! 肉塊にしてやる!」

 少年は女に向かって地面を蹴った。一見そう強そうにも見えない少年だったが、その動きはまるでピューマのようだった。辛うじてタケシの目は、その拳が容赦なく顔を狙っているのを捉える。

「危ない!」

 思わず叫んだ。

 しかし、文字通り女の目の前で、拳は止まった。

 何だ、とタケシが首を傾げた、次の瞬間だった。

 少年の体はリングから消えた。

「え……?」

「タケシ……上だ。リングの上を見るんだ」

 兄の言葉にタケシは上を見て、ぽかんと口を開けた。軽く見積もっても高さ十メートルはある天井に、少年の体は張り付いていた。轢かれたカエルのような有様だ。ぱら、ぱらと砕けた天井の破片がリングに落ちて来る。

 女は鬱陶しそうに手をかざした後、ふっと興味を失ったように長い髪をなびかせて、リングを囲むロープをひらりと跨いで去った。

 会場は徐々にざわめきを取り戻す。審判が慌てた様子で、声を上げた。

「しょっ、勝者……!」

「まだ残っていたとはな……」

 隣からは、つばを飲む音が聞こえた。

「タケシ……この大会、荒れるぞ」

「兄さん、この集まり合法!?」

「じゃないぞ。言ってなかったか?」

 いつもの笑顔が、今日は酷く胡散臭く見えた。

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