タップダンス ビジュアル 信号待ち

 カンッカタカタタ、と街中で軽快な音が聞こえる。タップダンスは老若男女問わずの大流行となった。

 きっかけとなったのは、世界的動画投稿サービスに投稿された一つの映像。それは信号待ちをしている(美形の)青年が、人混みの中で突然タップダンスを踊り出し、信号待ちでイライラしている人々を盛り上げ、拍手喝采をもらうというものだった。

 要はフラッシュモブの変化型、あるいは大道芸人。

「くだらん」

 きっかけとなった世界的動画投稿サービスには、連日連夜、タップダンスの動画が上がっている。女子高生が和気あいあいと踊っている動画、お爺ちゃんのタップダンスが神業動画、内輪ノリの共感性羞恥鳥肌動画。

 エリはスマホ画面を下から上に向かってフリック。一秒見ては次へ、一秒見ては次へ、久しぶりに出て来た猫は最後まで見て、次へ。

「また眉間にしわ寄せて」

 顔を上げると、圧の強いビジュアル系メイクが飛び込んで来た。

「エリちゃん、そんな顔するくらいなら、見るの止めたら?」

 席替えで前後の席になったのが運の尽き。幼なじみとは言え、学校では極力関わりたくなかったのに、たまにこうして椅子に反対向きに座って話しかけて来る。おかげで、教師には「あまり影響受けないようにな」とやんわり諭される始末。

「馴れ馴れしく呼ばないで。と言うか呼ばないで。話しかけないで」

「タップダンスでしょ? 何かまあ、ボクも気持ちは分かるけど。ずっと真面目に練習して来たものが急に流行して、まあ嬉しくはあるんだけど、このニワカが、とも思う感じ」

「思ってない。全く思ってない。勝手に人の気持ちを推測して分からないで」

「しかも、その流行を起こしたのが、ずっとやって来たプロの人とかじゃなくて、ポッと出のイケメン。みんなタップダンス自体じゃなくて、イケメンが良いんじゃん? みたいなね」

「分かるな!」

 流行を作った美形ダンサーは、今も精力的に活動を続けている。テレビにも引っ張りだこ、最近はラジオとかにお呼ばれして話もしている。顔だけじゃなくて声も良いと話題だ。話してどうすんだ。踊れ。

 そう、実のところ、ビジュアル系校則違反幼なじみの言う通りだ。

 今までエリは、趣味でタップダンスをしている、と言うと、ほんのりと扱いづらそうにされた。「あぁ……へぇ……タップダンス。変わってるね。それってどこでやってるの? 教室とかあるの?」興味を持ったふりで、会話の糸口を探られるあの空気。

 でも、それはそれで良かった。エリは誰かに興味をもってもらうために、タップダンスをしているのではない。

 それが今では、趣味はタップダンス、と言ったら「今話題だもんね」となってしまう。人によっては、ミーハーじゃんとはっきり馬鹿にしてくる。「あぁー若い人っていいねぇ」と。違うんですけど。私はそれより前からやってましたから。流行でやってる人たちと一緒にしないでもらえます?

 ネット、街中、どこを見てもタップダンス。

「……ちなみに。ちなみにだけどさぁ、君はさぁ、どうしてんの。ビジュアル系ニワカに対して」

 ビジュアル系。知りたくはなかったが、幼なじみのせいで、何となく知ってしまっている。あれはビジュアル系とか、あれは世間ではビジュアル系と呼ばれているけどボクは違うと思うとか。

「んー。って言われても、ボクもある意味ニワカだからな」

「え? 普段あんなビジュヴィジュうるさいくせに」

「うるさいのはごめんね」

 幼なじみは椅子の背もたれの上で、腕を組んだ。

「タップダンスにどれくらいの歴史があるかは知らないんだけど、ヴィジュアル系は、ボクが生まれる前に出来たものだから。ヴィジュアル系ってものが出来た時からずっと好きでいる人に比べたら、ボクはニワカでしょ。それに、本当に知識も何にもないけど、好きだってだけで騒いでた頃、ニワカって馬鹿にせずに見守ってくれる人がいたおかげで、今のボクがいるし」

「ぐっ……」

 ダメージを受けた。

「見守れ、ってことね、つまり」

「まあ。あとさ、エリがニワカって思ってる人たちの中には、もしかしたらタップダンスの流行が来て本当に喜んでる、昔からやってる人もいるかも知れないよ。あのイケメンとかもさ、無名だっただけで、エリより長くタップダンスしてたかも知れない」

 それでもエリは、まだしばらくは、この流行にノレないのである。

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