2022年
波 エキシビジョン エコバッグ(30分ライティング)
今回のお題は「六人分のカレー」。
お題が発表された瞬間、観客席からは歓声が上がった。
カレーの材料と言えば、人参、ジャガイモ、カレールー、玉ねぎ……どれも、かさばる品ばかりだ。障害物競サーフィンのエキシビジョンに相応しい、難易度が高く、また一見して、選手の「技量」が分かるお題である。
スタート地点である浮島に、波山が立つ。波山は、この大会の創始者であり、障害物競サーフィンの第一人者である。だが、昨年に怪我をして以来、しばらく競技からは退いていた。久しぶりにその力が見れるとあって、大会はいつも以上の賑わいを見せている。
波山はテーブルに置かれた、山のように積まれた材料を一瞥する。
遠目にはその表情は定かではなかったが、平井には彼が、ふっと余裕の表情で微笑んだように見えた。
固唾を呑んで選手、観客が見守る中、ついにスタートの合図が鳴らされた。
途端に波山は、大会指定のエコバッグに、六人分のカレーの材料を詰め込んでいく。最初にカレールーの箱を入れ、その上に次々に材料を放り込んでいく。凄まじいスピードだ。だが、けして適当ではない。恐ろしく緻密な計算によって、サーフィンをしている間にエコバッグの中から材料が飛び出さないように、入れられていっている。
波山はジャガイモを手に取った。ジャガイモはカレーの材料の中でも重く、大きさや形のバラつきも大きいため、競技者を悩ませるものの筆頭だ。
だが、波山は大会の始まりに相応しいソリューションを見せた。
波山の手の中で、ジャガイモは粉砕された。
その欠片は、人参や玉ねぎの隙間を埋めていく。観客席も待機している選手たちも、歓声を上げた。技術だけでなく、本人のたゆまぬ努力がなければ成し得ない技である。
難敵であるジャガイモも詰め込み切り、手際よく作業を終えた波山は、サーフボードに腹ばいになった。六人分のカレーの材料が詰め込まれたエコバッグを背に乗せて、大海へと漕ぎ出していく。
今日は良い波が来ている。いっそ普通にサーフィンをしたい、と思わせるような波だ。
まだ青空には、号砲の白い煙がたなびいている。
大波が、来る。
ゴールへ辿り着き、お題である「六人分のカレー」を料理して審査員に振る舞うまでが、障害物競サーフィン。波に乗った時、エコバッグの中に入っている材料を取り落として、五人分以下になってしまったり、カレーの要であるルーを落としてしまったりした場合には、大きな減点となる。
大勢に見守られながら、波山は背に載せたエコバッグに、手をかけた。
つづく……
(注記:つづきません)
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