連休 ダンス 笑い声

「ねぇ、誰か、この前の発表会の時の動画、もう見た……?」

 ダンス教室の休憩時間中にそう声を上げたのは、普段は内気であまり人と話すこともないエリナだった。

 エリナの呼びかけに近くにいた人間は顔を見合わせる。それから声の大きいアイカが自然と代表のように、「この前のって、連休の時の?」と聞き返した。エリナは激しくうなずいた。

「あたし、まだ見てないなぁ。途中でフリ失敗しちゃったし」

「あたしもー。あ、あたしはフリ失敗してないけど!」

 双子のキキとララがあっけらかんと言う。先生には早く見るようにと言われているにも関わらず、後ろめたく思う様子はない。

「あの発表会って、あんまり規模の大きいものでもなかったから……後回しになっちゃってるな、私も」

 思わずフォローするかのようにユミコも同調した。エリナが固い表情のまま何も言わないので、ユミコは先を促した。

「それで、あの動画がどうしたの?」

「あ……あのね」

 エリナは少し声を落とした。呼びかけに答えた四人はエリナの周りに集まって、耳を寄せた。

「あの動画、ちょっと……途中で変な声が、聞こえて」

「えっ?」

「変な声っていうか、笑い声……」

 元々小柄な体がさらに縮こまる。

「ど、どういうこと?」

「笑い声くらい入っててもおかしくないと思うけど」

「そ、そうなんだけど。普通の笑い声じゃなくって、何か、おじさんの声で」

「あの会場、おじさんもいたじゃん」

 エリナはもどかしそうに首を振る。話を聞いていた四人は一斉に首を傾げる。

「と、とにかく見て!」

 エリナはバッグからスマートフォンを取り出して、件の動画を再生し始めた。

 暗くなったステージ。前の発表者が作った熱気も冷めやらず、会場はざわついている。はっきりとした声が聞こえる訳ではないが、笑い声くらい入っていてもおかしくない雰囲気。バレエのようなダンスならばもっと静かなのだろうが、ユミコたちが習っているジャズダンスではこのくらい騒がしくても異常という程ではない。

 パッと明るくなった壇上にこのダンス教室の面子が立っている。明かりが点くと共に鳴り始めた音楽に合わせて、皆が動き出す。

「真ん中、くらいなんだけど」

 震えるエリナの指が、再生位置を移動させる。

「こ、ここ……」

 エリナは堪え兼ねたようにスマートフォンを床に置いて、自身は両手で耳を塞いだ。大袈裟な、と半笑いになりながら残りの面子で動画を見守っているが、何も起きる様子はない。

「あ、ミスったとこ、ここだ」

「アハハ本当だ」

 双子はもう緊張感をなくしてじゃれ合っている。ユミコも気を緩めてそれをちらりと見たが。

 不意に音が小さくなり始めた気がして、スマホに目を戻した。

 ユミコが指摘しようと口を開いた途端、スマホの音量は誰も触れていないのに最大に。そしてその笑い声は、暴力的に響いた。

『アアアアアアアアアハハアアアアアアアアアアアハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアアハハアハハハ』

 教室にいたエリナ以外の全員が、突然頭から冷水をかけられたように飛び上がった。

「はあああ? こっわ!!」

「は? マジじゃん!」

「キッモ!!」

「えヤバ待ってこれ心霊現象って奴?」

「呪われちゃう……ちゃってるんじゃないの、うちら!」

 一人で見ていたら確実に泣いていたとユミコはまだバクバクと脈打つ心臓を服の上から押さえつけながら思う。動画に笑い声が入り込んだという程度のものではない。明らかに異質、異常。レベルの違う存在感。人間ではない。別のモノだ。

 皆が口々に騒いでいると、近くに居たセリが近寄ってきた。

「ねぇ、今の、私に見せてくれない?」

 何故だか不思議に落ち着いている。他の面子はさすがに最大音量の笑い声を聞きつけて、不安そうにしているにも関わらず。

「え、セリこういう話好きだっけ?」

「好きではないけどー。これ誰のスマホ? エリナの? エリナ、ちょっと借りるね」

 セリは件のシーンを再び再生した。今度は最大音量になる前に音量を下げたため、笑い声が響き渡ることはなかった。ただ、確かにその声は入っている。あまりに異質な存在感を持つ笑い声。聞く度に心臓をさわさわと触られているみたいに不安をかき立てられる。教室にいる生徒のほとんどがエリナのように耳を塞いでいる。ユミコはその笑い声よりも、それを淡々と見るセリの方が気になってしまって、じっとセリを見つめていた。

 何度か再生すると、セリは納得いったようにうなずいた。スマートフォンをエリナに返して、パチリと手を打つ。

「よし。ダンスしよう!」

「え、今?」

 思わずユミコは突っ込んだ。

「あ、練習じゃなくって。ほら、ダンスって、舞じゃん」

 舞踊のように手をくるりと回す。セリはやけに自信のある態度で皆を見回した。耳を塞いでいてセリの言うことを聞いていなかった生徒たちは、セリを見て困惑している。

「よく神社とかで舞、見ない?」

「あたし、セリが何言いたいか分かってきた!」

「あたしも!」

 双子は声を揃えて言った。

「ダンスで除霊しようってことでしょ!?」

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