操り 痛覚 依頼

「コレが私の操り人形」

 主人は椅子に座るコレを指差した。隣に立つ男は「へぇ。若いな」と顎に手を添えて、コレの頭の上から爪の先までじろじろと見て来る。嫌だなと感じたが、操り人形には逃げることも視線を拒むことも出来ない。じっとその視線に耐えるしかなかった。

 主人と男はコレの前に立って、話し始める。いつもの主人とは別の雰囲気があって、顔を上げることこそしないけれど、コレはそっと耳をそばだてた。

「本当に何をしても痛がらないのか?」

「えぇ。腕を折っても腿に穴を開けても、この顔のまま」

 コレは腕を折られた時、腿に穴を開けられた時、それぞれのことを思い出す。

 腕を折られたのは、主人に買われてからすぐの頃だった。主人はそれまでは試すようにコレを平手打ちしたり殴ったりしていただけだったのだが、その日は酷く気分が悪かったらしく、コレが衝撃に耐えられずに床に転がった後も延々と蹴られた。そして最後には腕を踏みつけられた。

 腿に穴を開けられた時は、さらに機嫌が悪かった。随分と主人との生活に慣れてきたコレも驚くくらいだった。何があったのか、具体的には分からないけれど。コレはこの部屋から出られないから、主人に何があったのかを知るのには、主人の独り言から推察するしかないのだ。

「痛覚がないのか? ちょっと失礼」

 急に男に腕を抓まれた。思い出がぱちりとしゃぼん玉のように消える。

「……確かに。少しも顔色変えないな」

「ちょっと」

「あぁ、分かってる。コレで遊ぶ代わりに依頼を受けるって条件だ。忘れてない」

 男が顔を覗き込んできた。コレには確かに痛覚はないが、不快感は存在する。男は不快だった。主人のように綺麗でもないし、性格も悪そうだ。

「それじゃあ、好きにさせてもらうぜ」

「殺さないでよ。私のなんだから」

「もちろん。大体、死体ではないことに価値があるんだ、コレには。そんなもったいないことするはずがない」

 主人はため息を吐いて、壁に寄りかかった。男の姿に隠れて主人の姿は見えなくなってしまう。

「さて、早速だが操り人形、まずはその腕の可動域を知りたいんだ。立て」

 コレは迷った。この男は主人ではない。命令を聞く義理はない。

「おい、こいつ本当に言葉が通じるのか?」

「いつも私の言うことは聞くわよ。……立ちなさい」

 コレは立ち上がった。

「おぉ」

 主人が自慢気に鼻を鳴らす。ただコレが立つだけで主人の自慢となるのであれば、こんなに嬉しいことはない。

「よし、じゃあ腕を……いや自分でやるか」

 男はコレの背後に立つと、コレの右腕をつかんで左へ引っ張った。最初こそ滑らかに動いたが、ある程度引っ張られると腕は動かなくなる。それでもなお、男は腕を引っ張り続ける。首の内側にある筋がぷちぷちと切れていくような感覚があった。

 不意に肩が収まっていた位置から外れた。

「ふぅん。じゃあ、今度は反対だ」

 男は同じことを左腕でもやった。結果は同じで、コレは自分の意志で腕を動かすことが出来なくなってしまった。

「痛覚がないって言っても、別に体が柔らかいってことはないんだな」

 男はコレの体の左右に垂れ下がった腕を揺らして遊びながら呟く。

「次は脚だな。えぇと……脚は立ってると動かし辛いな。寝かすか」

 まだやるのか、とコレはうんざりする。主人を見つめるけれど、主人も退屈そうにするばかりで、男にもコレにも関心はなさそうだ。

「おい、コレに床に寝るように言え」

「えぇ? 自分でやって。蹴れば倒れる」

「実験の途中だし、意図しない衝撃を与えたくないんだよ」

 主人は深くため息を吐き、コレに「そこに仰向けに寝て」と命令する。コレは言うことを聞くけれど、この後また男が好き勝手やるのだと思うと幾ら主人の命令であってもうんざりする。

「ご主人さま」

 そこでコレは、思い切って主人にお願いすることにした。

「え、こいつ喋るのか?」

「……たまにね」

 主人がコレを見るのを待って、コレは言う。

「腕を折るのも腿に穴を空けるのも、コレはご主人さまだから良いのです。それ以外の人は嫌なのです」

 主人は眉を上げた。

「あら、そう」

 主人はそう言って、また壁に寄りかかった。コレは駄目かと肩を落として(もうとっくに落ちているけれど)男を見る。けれど。

 主人は自然な動作で拳銃を取り出して、油断していた男の脳天を撃ち抜いた。

「じゃあ、違う奴に依頼するしかないわね」

 コレは笑った。

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