サウンドトラック 総選挙 紙粘土

「何……? 俺の紙粘土が、紙粘土総選挙にノミネートされた……?」

 孤独な紙粘土職人タムラにとってその知らせは晴天の霹靂だった。

「何だ、その……紙粘土総選挙とやらに、俺は出した覚えはない。そもそも俺は、作品の発表などしたことがない。何かの間違いじゃないのか……」

 知らせを持ってきた、タムラのただ一人の弟子は「すみません!」と深々と頭を下げた。

「何故謝る?」

「先日完成した、先生の作品……」

「『龍の息吹』か」

 タムラは作品を置く棚の、一番上に目をやった。

 そこに置かれているのは、紙粘土で作られた龍である。これまでタムラが作ったものの中で最も精巧で巧緻、最高傑作である。完成した際にはこれ以上のものは作れないだろうと感じた程だった。

「はい。俺、これ程までの作品を、先生と俺しか知らないっていうのがどうしても納得いかなくて……勝手に写真を取って、紙粘土総選挙にエントリーしたんです。そうしたら、SNSとかで予想以上の反響があって」

「……なるほど」

 どうしようかと考えながら、タムラは龍の眼を見上げた。

 この龍の着想を得た時のことを思い出す。

 きっかけは、中古CDショップで出会った、一枚のサウンドトラックだった。そのサウンドトラックはワゴンの中に投げ売りされていた。ほとんど廃棄物のような扱いだった。どうしてそのCDに手が伸びたのか、自分でも分からない。ボロボロのジャケットに印刷された拙い龍の絵に惹かれたのか。それともその時既に異様な雰囲気を感じ取っていたのか。気づけば手に取って、会計を済ませていた。

 何も期待はしていなかった。どうしてこんな物買ったのだろう、と思いながら、タムラはサウンドトラックを再生した。

「本当に、すみません!」

 弟子の声で我を取り戻す。

 龍の眼は、静かにタムラを見返してくる。タムラは頷いた。

「事情は分かった。顔を上げろ。してしまったものは仕方がない……」

 弟子は目を輝かせた。

 それからさらに詳しく話を聞くと、紙粘土総選挙にノミネートされると、作者と作品は会場まで行って、直に観客や審査員に会わなければならないらしい。舌打ちしたくなったが、許した手前堪えた。タムラは久しぶりに大勢の人間と会うことになった。

 あっという間に紙粘土総選挙、前日の夜。タムラはCDを見つめていた。タムラに『龍の息吹』の着想を与えた、あのサウンドトラックだ。

 不思議なことがある。このサウンドトラック、サウンドトラックだということは分かるのだが、何のサウンドトラックなのかが全く不明なのだ。パッケージを見るとどうやらゲームのサウンドトラックらしいのだが、そのゲームの名前で検索してみても情報が全く出て来ない。個人が作った物であることも考えて同人サイトなどで聞いてみても、心当たりのあるものは出て来ない。

 明日の総選挙では、作品についての説明を求められるだろう。そうなった時、このサウンドトラックの存在を伏せておくことは出来ない。このサウンドトラックがなければ『龍の息吹』は生まれなかった。しかし、全く由来不明のサウンドトラックのことを、どう説明したものか。

 結論は出ないままに、次の日、タムラは紙粘土総選挙の会場に立っていた。『龍の息吹』は既に相当に話題になっていたこともあって、非常に注目を浴びた。

 そして予想通りに「この作品のテーマは?」と審査員に問いかけられた。

「実は……」

 タムラは結局、事実を包み隠さず、ありのままに説明した。審査員は眉を寄せた。そもそもゲームのサウンドトラックがテーマっていうのもな、とタムラは思った。

 しかし、そこで突然、会場から声が上がった。

「それは俺が作ったCDだ!」

 衝撃の展開に会場は騒然とした。何よりタムラが驚いていた。声を上げた人物は、観客の群れをかき分けてタムラの元まで近づいてきた。その人物はくたびれた中年だった。

「俺は昔、ゲームの制作会社に勤めていた。しかしゲームは中々売れず、ついに倒産した。そのCDは倒産する直前まで作っていたゲームのサウンドトラックだ。発売はしていないが、社内でサンプルとしてあったのを誰かが売ったんだな……」

 それでいくら調べてもゲームが出て来なかったのかと納得した。謎が解けてタムラはすっきりしていたが、反対に元ゲーム会社勤務の男は、非常に憤慨していた。

「すまないが、そのCDは捨ててくれないか!」

「な、何故だ!」

「本来サウンドトラックというのは、ゲームの展開や物語を引き立てるためにあるものだ。それなのにそのサウンドトラックは、ゲーム本体もないのに存在している。サウンドトラックだけが脚光を浴びるなんて、俺の美学に反する!」

 ゲーム本体がなくたって、このサウンドトラックは本体を想像させる力がある。それだけで充分に価値がある。それ以前にサウンドトラック単体で素晴らしいというのも、全然アリじゃないの? とタムラは思ったが、見たところ男はそれでは納得しそうになかった。タムラはうーんと悩んで、近くに控えさせていた弟子を呼ぶ。

「CDプレイヤーを持って来てくれ」

 到着したCDプレイヤーにタムラはサウンドトラックをセット。何度も聞いた音楽が流れ出す。話の流れにぽかんとしていた観客も審査員も皆音楽に惹き込まれる。タムラを怒鳴りつけていた元ゲーム会社勤務の男ですら、かつて自分が作った音楽に感動していた。

「ゲーム本体を引き立てるという本来の役割とは違うかも知れないが、このサウンドトラックは私の作品を象徴するものとなっているし、今まさに私の作品を大いに引き立ててくれている。それで許してはくれないか?」

 サウンドトラックを聞いて作られた作品と、サウンドトラック。その組み合わせはこの空間に新たな秩序をもたらした。曲が切り替わる度、『龍の息吹』はまるで宝石のように別の輝きを見せる。

「……」

 元ゲーム会社勤務の男は涙ぐんでいた。

「私がこのサウンドトラックを持つこと、そしてこのサウンドトラックをテーマにした紙粘土を作ったことを、許してもらえるだろうか?」

 再度問いかけると、元ゲーム会社勤務の男は、深く頷いた。

 音楽が切り替わり、エンディングが流れ出す。

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