最終回 ひな祭り 合唱コンクール
「えっと……ごめん、もう少し声出してくれるかな。伴奏にかき消されちゃって、聞こえないから」
ホノカはプレーヤーを止めて、二人の二年生に遠慮がちに頼んだ。二人の二年生はそれぞれ頷くけれど、その表情には「早く終わらないかな」という思いが滲んでいる。きっと駄目だろうなと内心では思いながらも、「じゃあ、もう一回いくね」とプレーヤーを再生する。
ソプラノ、アルト、とパート分けをすることすら出来ない。この合唱部は僅か三人で構成されている。だから歌い出しは同時だ。だけれど、聞こえてくるのは自分の声だけ。あとの二人の声は相変わらず聞こえない。口は開いているけれど、生き生きと動いてはいない。きっと口先だけで歌っている。
一番を通して歌って、虚しさ隠してプレーヤーを一時停止。
「皆疲れてるみたいだし、ちょっと休憩しようか!」
「はぁい……」
一人からは返事すらない。二人とも少し離れた場所でスマートフォンを弄り始める。
「私、ちょっと飲み物買ってくるね……」
ホノカは逃げるように音楽室を出た。
廊下には人気がない。夕日が差し込んで綺麗だけれど、それを見るのはホノカだけ。
町から人が消えていく。ホノカが物心ついた時には既に、町の人口減少は食い止められる段階になかった。この中学校の生徒も年々少なくなっていく。三人の合唱部は少ない方ではあるけれど、極端に少ないという訳ではない。どこの部活だって人員不足だ。生徒は部活には入らなくてはならないという校則があるにも関わらず、この体たらく。誰も責められないと分かってはいるのだけれど、それでも、もっと何とか出来ないのか、と言いたくなる。
食堂の自動販売機の前に立って飲み物を選んでいると、「部活は?」と後ろから声がかかった。
「休憩。……って言うか、部員がやる気なくて、このまま続けてもなーって、逃げてきた」
「お疲れじゃん」
ガコン、と落ちて来たミルクティーを拾ってから、振り返る。
「チヒロは?」
「俺も休憩よ。頭が英語になりそうで」
「あれ、チヒロって推薦じゃなかったっけ?」
ふざけた物言いはスルーして問いかける。この中学の生徒はたいてい推薦で程々の高校へ行く。
「受験はね。それとは別に、最近英語勉強してんの。就職するのに良いかなって。部活終わって暇だし」
「ふぅん……」
チヒロも自動販売機でお茶を買って、食堂の椅子の背もたれに腰かけてホノカと向かい合う。あまりあの音楽室に戻ろうという気にもなれなくて、ホノカも自動販売機に背中を預けた。
「部活いつまでやんの?」
「三月三日まで」
その日のことを考えると思わず顔が歪む。
「何その日付。ひな祭り?」
「合唱コンクール。町の、だけど。市民サークルの人とかが出る奴に毎年うちの合唱部も出ることになってて。うちの人数と実力じゃ他に出れるコンクールもないし、実質それが最後って感じになってる。……もう少し人数がいた時は二年生と一年生だけで出てたらしいけど、今年はとうとう私も含めて三人になっちゃったから、仕方なくね」
「仕方なくなんだ」
苦笑いするしかない。フィクションであれば感慨深く、感動的な最終回を飾るはずの最後の晴れ舞台。それが私にとっては「仕方なく」だ。
仕方ない理由はもう一つある。
「それに、そのコンクールも参加人数少なすぎて、今年でとうとう終わりにするらしくって。毎年出てたうちが不参加って訳にもいかないからって、先生に頼まれちゃって」
あぁ、と納得の相槌。それからチヒロは微かに笑って呟く。
「もうなぁ、終わりだよな」
その「終わり」が何を指すのか、ホノカは理解する。
「終わりだよね」
「何かなぁ。どうにかならないもんかね」
「無理でしょ」
「無理かぁ。……そうだよなぁ」
ホノカも、この町が嫌いな訳ではない。けれど、かと言って、終わりを先延ばしにする程の熱量もない。
「終わりだよ」
もう一度言って、ホノカは少しの間、目を閉じた。
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