生放送 漫画喫茶 幸せ

 子供と遊ぶこと。ゲームをすること。好きなアイドルのライブに行くこと。

 幸せにはたくさんの形があるけれど、俺の「幸せ」は、漫画喫茶でネット番組の生放送を見ることだ。

 漫画喫茶。これが重要だ。家ではいけない。家だと家族に「またあんなもの見て……」と馬鹿にされる。それに勝手に部屋に入ってくる母親に邪魔されることもある。「ノックはしたけど」って言うけれど、ヘッドフォンをつけていたらそんなもの聞こえない。だから入ってくるなと言うのに、母親は全く聞く耳持たない。

 漫画喫茶なら邪魔されることはない。

 それに、漫画喫茶はあの小さなブースがちょうどいい。視野が狭くなって、小さなPC画面に没入出来る。

 「陰気な幸せだ」と姉には馬鹿にされるけれど、誰に何と言われたって思われたって、俺にとってはそれが「幸せ」だ。

 今日も。

 漫画喫茶で生放送を見る。最近のお気に入りはバーチャルネットアイドルの生放送、それも全然人気のない奴の生放送を見ることだ。人数が少なければ少ない程反応をもらいやすいし、内輪感に溢れたアイドルの本音が聞ける。そのアイドル自体はぶっちゃけどうでもいい。漫画喫茶の小さなブースに似た、あの閉塞感が好きだ。どこにも行けず、どこにも行こうとしていない奴らの吹き溜まり。

『最近さぁ、考えちゃうんだよね』

 画面の向こう、アイドルが言う。

『十年後……うぅん、一年後、あたし何してるんだろうなって』

 俺はずっと応援してる、とコメントがつく。『ありがとぉ~!』とアイドルは答えるけれど、その声には隠し切れない疲労がにじむ。

『そうだね、皆もいるし……辞めない、辞めないよっ? ありがと。本当……皆の応援のお陰だよ』

 小さなPC画面に、アイドルの涙は映らない。バーチャルだから。

 応援の「せい」じゃないのか、と俺は思うけれど、それを打ち込むことはしない。いつも流れの緩やかなコメント欄に次々にコメントが打ち込まれる。常連に、見たことのない奴もいる。アンチが出来る程人気でもないし、冷やかしが来る程に盛り上がってもいない。だからコメントは全てが温かい。温い。

 結局生放送は歯切れが悪く終わった。俺は戸惑いの残るコメントが流れていくのを見た後、チャンネルを切り替える。

 そこもまた小さな箱。大して景色に違いはない。人が違うだけで、やはり同じような光景が繰り広げられている。

 たまに考える。彼女ら彼らには、PC画面はどう見えているのだろう。

 青い空に見えるのか、それとも井戸の底に見えるのか。

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