第9話
店を出た2人は校門が見える場所にあったパン屋に入っていた。
「まだ食べるんですか?」
ダーウェントは少し呆れたように尋ねた。
「人間の作る物は美味しくていくらでも食べられるからね。君もそう思うだろ? さぁ君も遠慮せず選ぶといい。パンなんて滅多に食べられないんじゃないか?」
そう言われて綺麗に並べられたいろんな種類のパンに目をやると、ダーウェントの腹の虫が大きな声を上げた。
「なんだ、やっぱり遠慮していたのか。ほら、これに好きなものをのせるといい。それにしても、どれも美味しそうで迷うな」
二人はしばらく真剣にパンを選んだ。
席につきパンをかじりながらダーウェントは魔女にずっと気になっていた質問をした。
「あの、母とはどこで知り合ったんですか?」
瞬間、魔女の脳裏にいくつかの断片的な記憶が浮かんだ。
その質問は再び魔女の感情を揺さぶった。先ほど蓋をしたばかりの思い出を再び持ち出され、少しだけ苛立ちを感じた。
「その話はまた今度にしてくれないか。まだしばらくこの町に居るつもりなんだ。またすぐに会えるさ」
魔女は無理やり話を濁した。
少年は、納得はしていないが仕方なく好奇心を抑え込んだ。
「そうですか。わかりました。では、あなたの知り合いの人について教えてください」
「そうだな、名前はチークムーンと言うんだ。過去に血生臭い事件に遭遇していてね、それが切っ掛けで旅に出ることを決意したようだ。その事件についてはいずれ本人に聞いてくれ。他人に自分の過去をペチャクチャ喋られて嬉しい人間はいないだろうからね。あとけっこうかわいいんだ。同姓の私から見ても好印象な子だよ」
ダーウェントは真剣な表情で話を聞いていた。
「事件ですか……それって彼女がいくつの時なんですか?」
「おそらく5、6才だろうね。だからその出来事がトラウマになっててね。魔法の才能はあるんだがトラウマが克服できなくて旅立が遅れてしまったんだ。仕方無いから私が少し手を貸してやったんだよ」
ダーウェントは魔女の言い種に違和感を覚えた。
「旅に出るのはずっと先って言ってましたよね? その時も思ったのですが、未来の話をあなたはまるで見てきたかのように話しますね。変な人だ」
魔女はまたしても失態をさらす。それは、少年と話していると彼の母であるイルイレースと話しているような錯覚に陥るからだと理解した。
そして魔女は自分の正体を隠すのをやめた。
「少年、私は訳あって少し先の未来から来たんだ。別にもといた時間に戻ることも可能なんだがこれはこれで面白く思えてね。それに今から数年後、私はある人物と再び時間遡行しなければいけないんだ。今回はそのための予行練習みたいなものだったんだが、思いの外先のことを知っているというのは気分が良くてね。今この瞬間、この国には魔女が2人もいるんだ、すごいと思わないか?」
ダーウェントの開いた口が塞がらない様子に魔女はゲラゲラと笑い始めた。
「そんなにか少年。まぁ今の私は人間を気取っている。魔女の力を使うことはない。綺麗な優しいお姉さんと思ってくれて構わないさ。君の母のように私を慕うというのもいいかもしれないね」
魔女には少年がイルイレースにしか見えなくなっていた。もう一度昔のようにじゃれ合えたら、そんなことを考えてしまうのだ。
「ちょっと頭が追い付かないんですが、そうですか、あなたが魔女というのはなんとなく納得がいきます。ですが、そうすると……母の事といい僕に話しかけたのはやはり偶然ではないのですか?」
深読みしすぎた少年に魔女は真実を与えた。
「それが全くの偶然なのよ。笑っちゃうわよね」
がっくしとショックを受ける少年を笑っていると校門から生徒らが下校を始めたようだ。
「まぁこうして出会えたのも何かの縁だし、私たちを引き合わせた君の好きな子でも探しましょうか」
そう言って窓の外に視線を移す。
数秒後、少年の方から声が漏れた。
「あ……」
校門からチークムーンが1人で出てきたところだった。
「あ、出てきたわ。あの片側だけ髪が長い子いるでしょ。今1人で出てきた女の子。あれがチークムーンよ」
魔女はダーウェントに急いでチークムーンの特徴を説明する。
「え? その人、僕を助けてくれた子です」
驚きで、ポツリポツリと言葉をこぼしたダーウェントは衝撃を受けていた。
「見る目あるわね。流石イルイレースの息子ね!」
目を見開き驚くダーウェントのすぐ隣から魔女の軽口が店内に響いた。
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