第7話

 頭の中で話を組み立てたダーウェントはその口を開いた。

「えっと、あの日の話をする前に、少しだけ母の話をさせてください」

 少年の意図はわからないが拒む必要もないので、魔女は口を挟むことなく無言で少年の言葉の先を促した。

「僕の母は数年前に亡くなっています。母は父と結婚する前、魔法使いとして多くの国を渡り歩いていたそうです。父から母は凄く強くて偉大な魔法使いだったと聞いていました。僕は、母親のことをほとんど覚えてないんです。母が家を出た時、僕はまだ小さかったので」

 懐かしむように語る少年の表情は、少しだけさみしさが滲む。魔女はその様子を見守る。その視線に気づくと彼は、取り繕うように笑顔を見せた。

「別に母を恨んだりはしてませんよ。ずっと前はそういう気持ちもありましたけど、今は自由で強くてかっこいい母が好きだし、憧れなんです。国からも一目置かれていたそうで実際、母には国からの要求で三賢者として国防にあたるように勅令ちょくれいが出ていたそうです。でも母はそれを断り世界中を旅していたと聞いています。そういうところもかっこいいなと思うんですよね」

 魔女はそれほどの遺伝子を持った母親からなぜ魔法を使えないダーウェントが生まれたのかという疑問を抱いた。しかしその疑問は直ぐに解消する。

「これは母の形見なのですが、あの日友達に奪われてしまいそれを取り返そうと僕は必死でした」

 ダーウェントは首から吊るしたネックレスを服の外に引っ張り上げ魔女に見せた。

 魔女は目を見開き息を飲んだ。トクンと大きく跳ねた心臓を必死になだめ、平静を装う。

 装飾もなく、くすんだ小さな玉がひとつついているだけのそれは、魔女にとって酷く懐かしい物であった。それを悟られぬよう少年の言葉の続きを静かに待った。

「格好悪いんですが2人に押さえつけられて僕は叫ぶことしかできませんでした。そこに、あの子が現れてネックレスを奪い返してくれたんです。殴りかかってくる大きな男子たちを相手に彼女は魔法で彼らをねじ伏せていました。それがすごくて……あの、聞いてます?」

 その問いは、魔女に届かない。これまでと明らかに様子の違う魔女に、ダーウェントは戸惑う。

「あの、大丈夫ですか?」

 そこでやっと少年の声が魔女の耳に届く。

「あぁごめんなさい。なんて言えばいいのかな……少し君の母親のことで気になることがあってね」

 ダーウェントは首をかしげる。

「僕の母ですか?」

「君の母親に私は会ったことがある。というかその形見は、私が彼女に渡したものなんだ。その古玉こぎょくはもう空っぽで本来の力は残っていない。ただの石ころだ。まぁ君にとってはそれがなんであろうと形見以外のなんでもないのだろうがね。私の興味はすっかり君の母親に移ってしまったよ。興味というよりもこれはノスタルジアとでも言うのかな? とても温かい気持ちだ。まるで人間のようだな」

 楽しそうに語る魔女の言葉を、ダーウェントはほとんど理解することはできなかった。 

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