第5話
魔女とダーウェントは近くの喫茶店に入った。
「僕本当にお金ないんですけど……」
申し訳なさそうにダーウェントは呟く。
「ここは私が払うから気にしなくてもいい。実は昼食がまだなんだ。君も何か食べるかい?」
「いえ、大丈夫です」
遠慮がちな少年の態度に、魔女は少年の育ってきた環境を想像してみるがそれが無駄な時間だと思い思考を放棄する。
心の内を覗けない人間とは難儀な生き物だと魔女はため息をついた。人柄を理解するには言葉が必要で、時にそれは真実とはかけ離れたものとなる。人は皆、自分の欠点を隠すものだ。つまり、大概の場合本当の自分というのは自分自身しか知らないのだ。
少なからず人間には嘘偽りが付帯している。それを完全に見抜くことは不可能に近いと魔女は考えていた。
魔女は出口のない思考を手放し己の欲求を満たすべく注文をすることにした。
「すみません。パンとスープにコーヒーをお願い。あと、彼に何か果物の絞り汁を頂けるかしら?」
すると店主は少年に尋ねた。
「今朝リンゴが届いたんだが少年、リンゴは好きかい?」
「すみません、リンゴが何か分からないんですが……」
店主は楽しそうに優しく笑った。
「リンゴっていうのは北の方の国で作られる果物でね、ほら赤いんだ。この国じゃたしかに珍しいかもしれないね。サービスでリンゴも皮を剥いて出してあげよう。美味しいから食べてごらん」
店主は箱からリンゴを取り出し少年にその真っ赤な色を見せて説明した。
「すみません」
再び謝る少年に店主は優しく諭した。
「少年、謝る必要なんてないんだよ。これはワシの気まぐれだ。そういうときはね、笑って感謝しとけばいいんだ。誰かの好意ってのは笑って受け取る方がこの先上手く世間を渡っていけるのさ。覚えておくといい」
そう言って店主は厨房へと消えていった。
そのやり取りを、魔女は興味深く聞いていた。
見ず知らずの見るからにお金を持っていない少年に何故サービスをするのか? この先会うかもわからない初対面の他人に何故処世術を教えたのか? 自分や店の利益に繋がらない行動を何故店主はするのか? 魔女は店主の行動についていくつもの仮説を立てたが、そのどれもが想像でしかない。答えは、彼の中にしか存在しないのである。その事が、酷く面白く思え、いつの間にか自分がわずかに笑っていることに驚く。
口元の緩みを直し、魔女は少年に向き直った。
「それで、君が思いを寄せる子について聞きたいのだが、たしか君は名前すらも知らないんだったね。では、その子に助けられたと言っていたがその時の話を聞かせてもらえるかい?」
「えっと、話が下手なので長くなるかも知れませんが、話してみます」
そう言って少年はポツリポツリと思い出を語り出した。
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