第3話

 覗き見に夢中な少年は、魔女の接近に気づかない。蕩けるような目で、恍惚とした表情を浮かべていた。

「そこで何をしているの!」

 強い口調に驚き少年は声の方を振り向いた。そこには、少年の知らない女の人が立っていた。焦りを隠すことができない少年に、その女性は無邪気に歯を見せ笑い、こう続けた。

「なんてね。別に覗きを怒りに来たんじゃないから安心していいわよ。その代わり、黙っててほしいなら少し話をしましょう。少年、名前は?」

 突然現れた女性に少年は混乱するも、覗いていたことは事実であり、後ろめたい気持ちもあったため女性の言葉に従うことにした。

「ダーウェントです。あなたは、その、学校の方ですか?」

 少年の警戒を解くためにも、魔女は自分が学校の関係者でないことを明かした。

「違うわ。ただの通りすがりよ。ところでダーウェント、君は誰を見てたんだい?」

 その質問にどう答えるべきか戸惑いながら、ポツリポツリと絞り出すように言葉を紡いだ。

「名前は、わかりません。ただ、ずっと前に、その人に助けてもらって、彼女はもう僕のことを覚えてないかも知れないけど、一言お礼を言いたいんです」

 魔女は少しだけ意地悪をした。それは、目の前の見るからに気弱そうな少年がそうさせたのかも知れない。

「本当に? お礼を言いたいなら、下校の時間に校門で待っていればいいんじゃないの? 君はなぜその子をこんなところから見ていたんだい?」

 途端にダーウェントの目が泳いだ。

「それは、その……あの……」

 顔を赤く染めるダーウェントをクスクスと魔女が笑っていることに本人もようやく気づいたようで、今にも怒り出しそうな少年に魔女は両手を上げつつ謝罪を告げた。

「悪かったわ。君が恋をしていることはもう良くわかった。と言うか君を見つけた時から分かってはいたんだがね。君があまりにもかわいいからつい意地悪をしたくなってしまってね」

 魔女の言葉を最後まで聞くとダーウェントは、くるりと魔女に背を向け歩き出した。

「あら、意外とプライドが高いのね。やっぱりこのくらいの年頃の男の子はかわいいわね」

 怒らせたことも気にせず魔女は楽しそうに呟いた。そして少年を追いかけ声をかけた。

「ごめんごめん。機嫌を直してくれないかな? 君にとっても悪くない話があるんだけど……え?」

 そこで魔女は、少年を傷つけてしまったと理解する。

 少年の肩は小さく震え、頬には涙が伝う。

 立ち止まった少年は呟いた。

「そうやって皆僕をバカにするんだ。僕が弱いから、僕が魔法も剣も使えないから、僕がなんの役にも立たないから!」

「違う私は――」

「違わないよ! じゃあなんで僕をからかったのさ!」

 魔女は、目の前の少年の感情の揺らめきに息を飲んだ。

「僕は商人の息子で、魔法も剣も使えない! おまけに体格だってこんなに小さい! こんな僕が、いったいどうしたら……どうしたら強くなれるって言うんだよ……」

 破裂した感情が収束を迎え、力なくささやかれた言葉は、自嘲の色が強く滲む。


 いつも皆にバカにされていた少年は、大切な人を守る力が欲しかった。好きになった女の子は強く才能もあり、自分にはなにもなかったから。

 だからこそ、少年は悩み、苦しみ、それでも気持ちが収まらず、うずうごめく感情をどうすることもできずに遠くから彼女の姿を盗み見ていたのだ。

 そこに見ず知らずの女性からの横槍が入り、積もりに積もった負の感情は爆発に至ったという訳だ。



 たが、少年はまだ知らなかった。


 目の前の女が魔女であるということを。

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