第2話

 少年は地面に降り積もる小さなオレンジの花弁をひとつ拾い上げ、まだ小さな手のひらにのせた。

 花弁に鼻を近づけると甘くやさしい香りを強く感じることができた。そして、周囲に広がるそのやさしい香りは、少年の心をざわつかせ、ざらつかせる。


 この木の花は、この季節、この色と形で花を咲かせ、この香りを放つ。だけど、その木の名前すら、少年は知らなかった。まるで彼女と同じだと少年に苦笑が浮かんだ。その表情は諦観ていかんの色が強く滲む。しかし、少年は未だに彼女のことを忘れられずにいる。

 彼は人知れずあの日のことを思い出していた。


 あの日も、この優しい匂いがしていた――。




 彼女が少年を助けてくれたあの日、その綺麗なオレンジの花弁は風にさらわれ踊るように宙を舞っていた。夕日に照され花弁だけでなく葉や枝もオレンジに染まる並木道に、残された2つの影が並ぶ。なんでもない見慣れた景色も、彼女がそこに入るだけで美しく思え、印象的で、言葉では形容できない何かを少年の心に刻み付けた。



 助けてくれた少女について少年が知っていることは、彼女の制服から得た町で1番の魔法学校に通っているということだけだった。

 その年、少年は両親に無理を言って彼女と同じ学校を受験したが、その学校に入ることは出来なかった。それは、当然の結果であった。


 少年には、魔法適正がなかったのだ。もちろん、武術や剣術の心得などありはしない。彼は、商人の息子であった。

 そんな彼と少女との接点は、あの日から未だ皆無である。



 これは、人の生活を真似て彼らの営みに溶け込もうとする魔女と、その魔女の日常に映り込んでしまった少年の他愛もない一口噺ひとくちばなしである。

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