禍福門なし、時に魔女の招く所(3)
「時にあなた、医学の心得はあるのかしら?」
唐突な女の質問にセロは困惑する。
「あんた、言ってることが無茶苦茶だな。俺は魔道具職人だぞ? 医学についての知識なんて人並みにしかないしそもそも興味もないんだよ」
答えながら女が何を考えているのか想像してみるが、やはり見当もつかなかった。見れば見るほどその異様さが際立つ女は、ただただ美しくそれ以外の情報の一切をセロに与えてはくれない。
「そう。それじゃ、
セロは以前、研究の際に資料でその言葉を見かけたことがあった。
魔蓄熱とは、魔力適正の無い者に起こり得る稀有な現象で、風邪の症状と良く似ているため間違われることがほとんどらしい。その実体は、魔力放出がまったく行われないことにより、体内に蓄積した魔力が上限に達すると無理やり熱にエネルギー変換され発熱症状を起こすというものだ。
「知識としては理解している。だが実際にその症状を見たことはないし、知り合いにも発症した奴なんて聞きやしないぞ。奇病みたいなもんだと思っていたがそれがどうかしたのか?」
商談と深く関係があることは間違いないだろうが、まさか伝説的な病気の話をされるとは思っていなかったセロは、女の様子を伺う。
「それなら話がはやい。魔法が使えない人間でも基本的には勝手に魔力は放出されているんだけれど、ごく稀にそれが出来ない人間がいる」
女はわずかな間を取り更に続けた。
「人間にはその原因が分からないようだが端的に言ってしまえば、魂に欠陥が有る者にしか魔蓄熱は発症しない」
セロはこの時、女の口調の変化とわずかな空気のひりつきを本能で感じ取った。女の放つ異様さが美しさによるものではないということは、最早考える必要もないだろう。
「そもそも人間は、かなりの量の魔力を体内に溜め込むことが出きるんだ。子供に魔蓄熱の発症例がないことがなによりの証拠だ。それに魔蓄熱は魔法の知識とある程度の技量があれば溜め込まれた魔力は、他者を介して放出することもできる」
だったらなんの話をしてるんだとセロがわずかな苛立ちを覚えたとき、女は解を与えた。
「君に作ってもらうのはその溜まっていく魔力のスピードが通常の10倍以上の人間に対して有効な魔力の放出を補助する魔道具だ」
「ちょっと待て! 10倍だって!? あり得ないだろ。そもそもなんでそんなやつに魔法適正がないんだよ!?」
当然の疑問をぶつけるセロに女は不敵な笑みを浮かべ答えた。
「それを君に教えるのは、まだ先の話だ。まずはこの取引、受けるかどうか決めてもらおうか」
そう言って女は傍らに置いていたケースをカウンターの上に置き、セロの方へ向けて開いた。そこには、きれいに整列された札束が並ぶ。
「これは報酬のほんの一部だ。前金として渡すつもりで持ってきたのだが、経費として大金が必要な場合は逐次私にその用途と額を連絡してくれ。必要と判断すればそれも報酬とは別に支払うつもりだ」
その額にセロは目を疑う。若い女が簡単に用意できる額ではない。それどころか、おそらく報酬の総額は国からの依頼にも引けを取らないだろう。
「金に糸目は付けないが、期限は必ず守ってもらう。今日からちょうど2年後に、とある少女が魔蓄熱を発症する。それまでに完成させることだけが、こちらから提示する条件というわけだ。問題なければこの契約書にサインを」
そう言って女は契約書をカウンターへ置く。
凄まじい魔力を秘めた存在は少女であり2年後に魔蓄熱を発症する。その事実をなぜか目の前の女は知っている。
すべてが異常な状況で、セロは茫然と契約書と札束を眺めていた。
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