禍福門なし、時に魔女の招く所(2)
来客の知らせに耳を疑いながらもセロは入り口の方へと視線を送る。そこには、若い女が立っていた。周囲を見回す女はセロの姿を捉えるとゆっくりと歩き出した。
カウンター越しに対面するとセロの放つ臭いから女は、セロが飲んでいるものが酒だと理解する。その眼差しは侮蔑も否定も含まず、彼女は無言でただ彼の様子を見つめていた。それが気持ち悪く、セロは口を開いた。
「なんだよ。別に昼間から酒飲んだって犯罪にはなんねえだろ。文句あんのか。……それより、あんたなにしに来たんだこんな店に?」
「こんな店、ね……」
女は短く言葉をこぼす。セロのぼやいた言葉をなぞる。その声音からは、彼女の心境を垣間見ることはかなわない。
「まぁいいわ。私にもそれ、いただけるかしら?」
「はぁ?」
女の言葉が理解できず、セロは戸惑った。
「あら、聞こえなかった? 私にもそのお酒、ついでもらえないかしら?」
指事語が何を指していたか丁寧な説明が加えられるが、それはこの状況に則した返事ではなかった。そもそもセロは言葉の意味がわからなかったのではない。なぜそのような考えに女が至ったのかがわからなかったのだ。だからこそ、その言いぐさに苛立ちを覚えた。
「ふざけるなよ……ここは飲み屋じゃねんだよ! 俺を虚仮にしたいだけならさっさと出ていけ」
セロが睨み付けた女は、大きなため息をついた。
「この店はサービスが悪いわね。それに店主の愛想も悪い。辛気臭いし埃っぽいし――」
「なんだとこの野郎!」
苛立ちが限界を突破し、セロはカウンターを激しく叩いて立ち上がる。今にも詰め寄り殴りかかりそうなセロを、女の言葉が遮った。
「だけどここは、魔道具職人セロ=リクリンクの店なのでしょう? まぁ落ち着きなさい。あなたは店主で私は客よ。ただし、私の用があるのは魔道具ショップにではなく、あなたの工房、延いてはセロ、あなた自身なのだけれどね」
「あんた何を言って――」
戸惑うセロに女は言葉を遮りたたみかける。
「あなたのその才能を、必要としている人がいるわ」
短いその言葉に、セロの魂が滾った。心臓が背中を押すように、強く激しく鼓動を早める。
「これは商談よ。あなたに作ってもらいたいものがあるの。あなたにしかできないことよ」
女の言葉に、燻っていたセロにとって久しい感情がゆっくりと沸き上がっていた。
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