禍福門なし、時に魔女の招く所(1)
その日、開くはずのない店の扉が開いた。
入口の扉が開き、吊るされていた小さな鐘が客の来訪を知らせる。その鐘の音は、彼にとって福音となるかそれとも――。
セロ=リクリンクが魔道具職人として働き始めて10余年が経つ。
学生時代、いくつもの研究や発明により名を馳せた彼は、工房に弟子入りするも直ぐに独り立ちして自身の工房を立ち上げた。
そんな彼に国からの依頼が舞い込んできたのは独立してまだ半年と経たない頃であった。当時の彼には部下はおらず、工房と言っても働いているのは彼一人だけだった。その結果、受けた開発依頼は成功に至ったが納期を大幅に破ることとなってしまう。国からの評価もそこそこに、報酬の大幅な減額というペナルティを差し引くと、わずかな名誉と引き換えに巨額の負債を抱えてしまったのである。
その後、噂を聞いた学生時代の仲間が集い、彼の工房は一時的に活気を取り戻す。
しかし、そんな時間も一瞬で幕引きを迎える。
彼は、その突出した才能故に捨てきることができなかったのだ。そう、大きく肥大したプライドである。
その結果、幾度もの衝突の果てに、彼は孤立を選択した。それも、工房の代表であるセロからの一方的な命令により、かつての仲間を切り捨てたのだ。
セロの言葉に激怒した者もいた。セロに詰め寄ろうとした時、その者は先頭に立つ一人の男により片手で制止される。仲間をまとめてきたリーダーの思わぬ行動に不満を顔に表しながらもそれに応じ、激怒していた男はおとなしくなる。その様子を確認すると、集団をまとめる男、ベルマウスは静かに口を開いた。
「わかったよ、セロ。今まで世話になったな。いつか、俺も工房を立ち上げてみようと考えてるだ。そう遠くはないと思う。お前がこの先もし困ったことがあれば、俺を頼ってくれ。それじゃあ、行くわ。またな」
そう言って全員を引き連れ去っていくベルマウスの背中を眺め、セロはこう思ったのだ。
誰が、お前なんかに。
あれから、数年が経ち、ベルマウスの工房はどんどん大きくなっていった。隣町にある彼の工房の噂は、この町にも伝わってきている。
一方セロは酒に溺れ魔道具に関する勉強もせず、これ以上ないほどに落ちぶれていった。一日中工房に併設された客の来ない魔道具ショップの店番を、セロは酒を飲みながら片手間にやる日々を繰り返していた。
借金はあるが国からのものであるため、利子率も日々の返済額も極端に大きなものではない。それでも、生活のために今度は組合から金を借り始めたため、借金の総額は結局ほとんど減っていない状況であった。
そんなある日、一人の若い女が、彼の店を訪れた。それは、なんの前触れもなく訪れた出会いであった。
そしてこの日、彼の運命が大きく狂い始める――。
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