羽化(2)

 無邪気に笑う魔女にオーバーベルは納得がいかず抗議する。

「その笑いの意味がわかんないんだけど? 私が魔法を使ったことがないのがそんなにおかしいの?」

「では逆に聞こうか? 何故君は、魔法が使えないと思っているんだい?」

 考えるまでもなく少女は答える。

「家系的に魔法適正ないのよ。それに、必要だと思ったこともないしね。自慢じゃないけど魔法についての知識はゼロよ」

 何故か誇らしげな少女に魔女は苦笑を浮かべる。

「君が、自分の血筋に誇りを持っていることはわかった。しかし知識がないことを恥じるどころか自慢気に話すのはいただけないね。それは君の弱さなのだが、理解しているのかい?」

 少女は答えを持ち合わせていなかった。押し黙るオーバーベルに魔女は尚も続けた。

「言ったはずだ。君は少なくとも最強という存在でなければならないんだ。弱点なんてもっての他だということさ」

 その言葉に少女は反発を示す。

「でも、使えないものはしょうがないじゃん。私には剣しかないんだよ。それに、今から魔法を独学で勉強したとして、直ぐに使えるようになるものなの? それともあんたが教えてくれたりするの?」

 少女の思わぬ発想に魔女は驚く。

「弟子か。なるほど、その発想はなかったな。しかし私はもう弟子を取る気はないんだ。人間の成長は見ていて面白いが、私は指導者には向かないようでね。なにより疲れるからね。私は1人でやりたいことを好きなときに気の向くままにやりたいのさ」

「ふーん。弟子、いたんだ。意外」

 短く相槌を入れ、魔女の会話を促す。

「もうずっと昔の話さ。さて、話を戻そうか。実際問題、魔法は素人が直ぐに扱えるほど簡単な代物じゃない。君にチークムーンを越える才能があれば、ある程度の知識を得ることで簡単な魔法なら使えるかもしれないがね。だがそれも難しいだろう」

「私はどうすればいい?」

 自身の現在地点を突き付けられたオーバーベルは魔女を真っ直ぐに見据え問う。その強さに貪欲な姿勢に魔女は密かに喜びを抱いた。

「魔法に関する知識については、チークムーンに教わるといい。仲良くなるきっかけにもなるはずだ。それから、これを君に」

 魔女は指を弾くと小気味良い音が響く。すると、オーバーベルの右肩に光の粒子が集まり始める。それは手のひら程度の大きさまで集まると、ユラユラと上下に揺れながら形を形成していく。そして、半透明な薄紫へと色を変えた。

「蝶?」

 オーバーベルの右肩には儚げな雰囲気を醸す薄紫色の蝶がとまり、羽を閉じたり開いたりしていた。

「おや? これはまた可愛らしい使い魔になったもんだ。君はやっぱり乙女なのかな?」

 魔女曰く、姿形と色合いは深層心理が強く影響するらしい。

「嘘……私って実はそういうのに憧れてるのかな……」

 魔女はいつになく楽しげに会話に興じる。

「フリフリのスカートでも一緒に買いに行くかい?」

「それもいいかも知れないけど、今はやめとく。いつか……行こうよ。特別に私に似合うやつ選ばせてあげるよ」

 僅かに笑う少女に、魔女は驚く。魔女の目から見ても、この短い時間で少女は飛躍的に成長していた。それは内面的なものではあるが、今後の成長を予感させるには十分であった。

「それで、この蝶はなんなの?」

 魔女は期待を胸に秘め答える。

「その蝶は簡単に言えば魔法の発動を手助けしてくれるのさ。他にも様々な機能があるんだが、今の君には説明しても分からないだろうさ」

 少女は一先ず納得した様子で小さく何度か頷いた。魔女はその様子から今回の目的を達成したと判断する。

「さて、私の目的は達成されたが、何か聞きたいことはあるかい? 今日は気分がいい。私が分かることであればなんでも答えよう」

 その言葉にオーバーベルは悩むが、悩んだ末に導いた答えは、

「別にいいや。あとは自分でなんとかする。来るべき時まで、精一杯やりきるよ。まずは、この学校で1番になるから、見ててよね」

 魔女の真似をして指を鳴らし、その指先を魔女に向け高らかに宣言する。その様子に魔女は、今度はその胸の内を隠さず微笑む。

「まったく、人間というやつは本当に面白くて困ってしまうよ。その蝶、大事にしてくれよ。最強の君に会えるのを楽しみにしているよ。しばしの別れだ。またね、ベル」

 聞き慣れない呼ばれ方に戸惑いつつも、オーバーベルは確かな高揚も感じていた。

「ありがとう」

 感謝を告げ、瞬きを1つ。その瞬間、意識は現実へと回帰していた。

 目覚めたオーバーベルの傍らには、綺麗な薄紫の蝶が舞う。光の粒子を振り撒きながら舞う蝶に優しく指を伸ばすと、それに応えるように蝶は指にとまる。それを見てオーバーベルは無意識に優しく微笑んでいた。


 

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