羽化(1)

 少女の欲するものを魔女は与える。

「君の命は、うの昔に一度朽ちているのさ」

 静かに始まった語りの冒頭。思わぬ言葉にオーバーベルは目を見開いた。それを見届け、魔女は満足そうに続けた。

「君はまだ小さかった頃、流行り病により命を落としかけていたんだ。その時、ある人間の魂と君の身体を私が魔術により繋げたのさ。そして数時間後、君の魂は朽ちた。しかし安心したまえ。君には王宮に仕えるある男の余命の半分を私がもらい受け、譲渡している。この意味がわかるかな?」

 魔女の問いかけに、止まっていた少女の思考が動き出す。

 男の平均寿命はおよそ70歳。王宮に仕えているということは、少なくとも20代後半から50歳くらいだろう。自分に命を与えてくれた人間が30歳ならば約20年、40歳ならば約15年……病気だったのが4,5歳の時だったと聞いている。つまり、長くても30歳程度で自分に二度目の死が訪れるということに思い至る。

「察しがいいな。その通り、明言はしないが君に残された時間は僅かだということさ。しかし、君にはやってもらわなければならないことがある。その為に君は、国を相手取る程の覚悟と力が必要なんだ。国に喧嘩を売るんだ。最低条件として最強であることは外せないだろう?」

 魔女は楽し気に語る。

「ちょっと待ってよ! なんで私が国に喧嘩を売らなきゃいけないわけ?」

 当然の疑問をぶつけた少女に魔女は無感情に言葉を投げた。

「だったら、君は私にその命に見合う何かを払えるのかい?」

 そんなもの、学生である少女に払えるはずがなかった。口をつぐみ、奥歯を強く噛む。少女が生む静寂が答えだと受け取り魔女は再び語り始める。

「ふふ♪ とは言え、そんなに気負う必要はないさ。なんせ、今の君には国を傾けるだけの力が宿っている。ただそれが……未だ顕現していないことに驚いてはいるが、まぁそれは私が請け負うとしよう。ただし、私は背中を押すだけだ。そこから先は、君に任せる。その成長に必要なのがチークムーンや他の生徒の存在なのだよ。まぁ、今の君には分からないか。それよりも、君にやってもらいたいことについて話すとしようか。これは君の命が潰えた瞬間に背負った使命のようなものだと考えてくれ」

 そこで、魔女の声が更に低くなる。そこに隠れた様々な感情を、少女ですらも本能で察することができるほどの変化であった。

きたるべき時が来たら、君には王宮に侵入しある男を殺してもらう。もちろん、君が捕まり処刑される可能性はできる限り摘むつもりだ。ただし、この計画の実行は決定事項だ」

 その言葉をオーバーベルは咀嚼し、飲み込んだ。そして、理解した。これが自分に残された生きる道、運命なのだと。

 その澄んだ心を垣間見た魔女が問う。

「その理解の早さはどういう訳だい? 自棄やけになったのかい?」

「別に。決定事項ってことは、逃げられないんでしょ? まぁ、ある意味自棄なのかもね。なんだか、考えてたことがいろいろとどうでも良く思えてきたんだよ。だからさ、チークムーンのことも了解したよ。まぁ私にできるかわからないけど、友達ってやつになれるように頑張ってみるよ」

 魔女は驚きのあまり言葉を失っていた。

「ちょっと気持ち悪いな、君」

 まさかの反応にオーバーベルは不服を目で訴えた。

「いや、すまない。先ほど私に黙れと暴言を吐いた哀れな少女が急に素直な乙女のような反応をするものだから驚いてしまってね」

「うるさい黙れ」

 羞恥心が頬に朱を差した少女に魔女は微笑む。

「その調子なら大丈夫そうだね。もし、チークムーンとすれ違うようなら私のことをチラつかせてみるといい。きっといい反応を示すだろうさ」

 魔女の言葉の真意はわからなかったが、たしかチークムーンのことを知っていると言っていたはずだ。仲良くなるための糸口になるということだろうか?

「アンタ、チークムーンのこと知ってるんだったな。どういう関係なんだ?」

「私は彼女の世界から色を奪ったのさ。ふふ♪」

 楽しそうに語る魔女は鼻を鳴らして笑った。

「あ……」

 突然魔女が言葉を失う。

「これ、まだ先の話だわ。マズイわね。まぁちょっと記憶をいじればいいか。いや、なんでもない、気にしないでくれ。さ、話を進めようか」

 オーバーベルは、よくわからない魔女の独り言に待ったをかけた。

「なんか今恐いこと言ってなかった?」

「言ってない。細かいこと気にしてると嫌われてしまうと習わなかったかい?」

 頑なに取り合おうとしない魔女の対応に諦め、話を進めることにした。

「それで、私の能力を引き出してくれるんだっけ?」

 その言葉に魔女は再び不敵に笑った。

「あぁ、それはもちろん。元々の目的は違ったが今日という日に私が君と合うのは君を導くためだからね」

 オーバーベルには、魔女が心から微笑んでいるように見えた。それが、不思議でならなかった。

「君は、魔法を使ったことがあるかい?」

 素朴な疑問が少女に届く。

「え? なんで? 使えるわけないじゃん」

 その答えに、魔女はニヤリと歯を見せた。それは、馬鹿話に花を咲かせる子供のような笑みだった。


[つづく]

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