学舎の人気者[前編](2)

 オーバーベルが学校に通い始めて一年が経過した。

 学内での実力はおおよそ数値として表れてきていた。各学科のトップである者は、次席の追随を許すことなく、その実力差は大きく開いていった。こと、魔法科のチークムーンの実力はこの学校が始まって以来の圧倒的なものであった。次いで体術科のシャノンレール、剣術科のオーバーベルと続く。オーバーベルは学年3位という地位に成り下がっていた。

 鍛錬、努力を欠かさないオーバーベルは焦っていた。自分に足りないもの、必要なものが見つからないのだ。強くなるためのすべがわからなくなっていた。

 その間にも、ほかの二人は目覚ましく成長を続けている。自分との差が開いていくのを、ただただ見ていることしかできなかった。その開いていく加速度が日に日に大きくなっているように感じつつも、オーバーベルはそのことを受け止めきれずにいた。


 そんなある夜、オーバーベルは不思議な夢を見た。

 真っ白な空間には二人掛けのソファーがあり、そこには美しい女性が座っていた。彼女はオーバーベルに気付くと、微笑み小さく手を振った。招かれるように近づいていくと声をかけられた。

「やぁ、元気にしてたかい? ずいぶん大きくなったじゃないか。さあ、こっちへおいで」

 知らないはずの女性はオーバーベルへ向けて再会を喜ぶような言葉をかけてきた。そのことが少女に不安を抱かせ、足の裏と地面をきつく縫い付けた。

 動こうとしない少女へ向けて魔女は言葉を送る。

「すまない、つい高ぶってしまってね。はじめまして。そう言った方がよかったかな?」

 不敵な笑みを浮かべ挨拶をやり直す魔女に、オーバーベルは警戒の色を濃くした。

「貴方は、私を知っているの?」

 立ち尽くす少女は戸惑いを口にする。

 独特な異様さを纏う目の前の女性にオーバーベルは恐怖とも嫌悪とも呼べぬ不思議な感情を抱いていた。そのオーバーベルを見据え、魔女は問いに答えた。

「それを話すために私はここにきたのさ。長い話になる。さあ、掛けなさい」

 その声は先ほどの笑みとは対照的で、慈愛で満ちていた。

 声に背中を押されるようにオーバーベルは歩き出し、女性の隣に座った。

「手始めに、まずは君が知っておかなければならないことを話そうか。と、その前に君の疑問に答えるとしよう。私は魔女だ。そして君の命の恩人であり、君のすべてをこの手に握っている者だよ」

 少女はその一言一句を噛み締めた。その言葉が示す意味を理解するも、魔女の言葉の真意に理解が追い付くことはない。

 戸惑う少女の様子を、魔女は楽し気に眺めていた。そして思いついたように再び口を開く。その直前、意地悪くほくそ笑んでいたことを少女は知らない。

「ちなみに、私はチークムーンのこともよく知っているんだ。彼女は元気にやっているかな?」

 突如耳にした学舎の人気者の名に、更に警戒を強めるオーバーベルの反応に魔女は満足そうに視線を送る。

「ふふ♪ 君はまた難儀な性格をしているようだね。チークとは真逆で人を信じることができないようだが、君の場合はもっと他人の善意というものを素直に受け取ってみてはどうだろうか? というよりも、君はもっと他人と密な関係を築くべきだと思うけどね」

 オーバーベルはざらつく感情をなだめ短く言葉を返した。

「必要ないわ」

 冷たく言い放たれた言葉に魔女はため息で答える。それを機に、ゆっくりと沈黙が広がり始めた。しかしその沈黙は、先ほどよりも低い魔女の声により破られた。

「だから君は強くなれないのさ」

 突き刺すような、切り裂くような、鋭い言葉。

 それが答えなのだと心のどこかで理解するも、オーバーベルは尚も受け入れることができなかった。返す言葉も見つからず、悔しさに歯が軋み、力なくゆっくりと視線が下がっていく。

 その姿を、魔女は無表情でで見つめていた。


[つづく]

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