延命

 一人の少女の命がついえようとしていた。


 チークムーンがトラウマを刻まれる2年前、彼女の故郷であるレグルスポストのとある少女の夢の中に、魔女は入り込んだことがあった。

 その目的は、その瀕死の少女に延命を施すためである。

 多くの医者が匙を投げ、世界から見放された少女を、魔女だけが見放さなかった。だがそれは、単なる彼女の気まぐれに過ぎない。


 魔女は元々、少女には自分の魂を分け与えるつもりだった。そして、ある程度彼女が成長した時点で迎えに行き、娘として自分の手元に置いておこうと考えていたのだ。しかし、数日前に魔女は自らの気まぐれでパスカルブランチという男から余命の半分をもらい受けていた。その命は、これから少女に与えられることとなる。度重なる魔女の気まぐれが、少女や多くの人間の運命を少しずつ歪ませていくのだった。


 延命と簡単に言っても実際には、命を分け与えるということは魔女にとっても簡単なことではなかった。生命力という形のないものを切り取り、別の対象へと譲渡するということは魔女にも不可能なのである。少女を助ける方法として魔女は、自身の発動した魔術を媒介として少女とパスカルブランチの命をリンクさせたのだ。結果として、魔女はどちらかが死ぬ日まで永続的に力の行使を強いられることとなってしまう。

 それでも、あの男に復讐できるなら安いものだと魔女は考えていた。


 延命は滞りなく成された。

 魔女が指を鳴らすと、ふたつの魂が共鳴し結びつく。

 わずかに発光する少女の体は、次第にその光を失う。今頃、パスカルブランチにも同じ現象が起きているはずだ。ただし、パスカルブランチに与えたような痛みはオーバーベルに伴うことはない。あれは単なる魔女の意地悪であり、賢く優しい男の穏やかな表情を苦痛に歪めてみたくなっただけなのである。


 使命を終えた魔女は、安らかに寝息を立てる少女にそっと囁いた。

「君は間違いなく強くなる。君とパスカルブランチの血筋はとても相性がいいようだ。私の娘にするのも一興と思ったが、その限られた時間の中で自身の力を存分に磨くといい。[その時]までしばしの別れだ。それじゃまたね、オーバーベル」

 これから始まることを想像する魔女の瞳は、ご馳走を目にする小さな子供のような期待に満ちていた。


[つづく]

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