呪夜の真実[後編]

 パスカルブランチの意識が浮上し、うめくように目を覚ます。

 立ち上がれず床に座り込み、しかめっ面で頭を押さえる姿から酷い頭痛に耐えていることがわかる。

「おや、君は案外タフなんだね。まだしばらくかかると思っていたのだが。記憶は整理できたのかな?」

 手に持つカップの中身を一口飲んで魔女は問いかける。

 パスカルブランチはなんとか床から立ち上がり元々座っていた魔女の対面に座り、椅子の背もたれに体を預けた。体調は完全に回復したとはとても言い難い状態だったが、とにかく確認すべきことがあった。

「ひとつ聞きたいんだが、私が今見たものは真実なのか?」

 魔女は手に持つカップをソーサーの上に戻しパスカルブランチを見つめた。

「もちろん。あれが[レイリーの呪夜]と言われるものの真相さ。実際にはレイリー=ミュートは一切事件に関与していないんだ。あれは単なる実験という名の虐殺だったのさ」

 悪びれず、世間話でもするかのように魔女はさらりと言ってのけた。その言葉は、とても受け入れがたい事実を意味していた。尚も魔女は続ける。

「私は極悪非道な魔女として名を馳せるはずだった。だが、実際にはそうはならなかった。蓋を開けてみれば私の可愛いレイリーが私の罪を被っていた。これがどういう意味だかわかるかい?」

 パスカルブランチは脳内で状況を整理し魔女が求める答えを探した。しかし、すぐに魔女は時間切れだと言わんばかりに飲み干したカップを宙へほうる。

 上昇から一転、落下するカップはけたたましく音をたて砕け散り、魔女の怒りを表すかのように静寂を荒々しく割いた。

「踊らされたんだよ。この私がね。ダシにされたといった方が正しいか。……それも、青二才の小僧にね」

 魔女の表情からは何も読み取れないものの、言葉や語気から伝わるのは怒りそのものであった。空気がひりつき異様な雰囲気に気圧けおされそうになる。

「いったい誰がそんなことを……」

 存在を主張するようにパスカルブランチは言葉を挟んだ。

 その声に魔女の怒りが薄れるのを察した。

「私としたことが、思い出すとつい殺気立ってしまうんだ。すまない。それで、[レイリーの呪夜]なんて法螺話を作り上げた男なのだけれど、そいつは君もよく知る人物だ。そして、君の息子を陥れようと画策した人間でもある」

 魔女の言葉にパスカルブランチは驚きつつも心当たりを探す。しかし当然見当すらつけられなかった。

 沈黙が答えとなり魔女は押し黙るパスカルブランチに解を与えた。

「ブルーノ=ステイツ。君がこれから殺す男の名だ」

 乾いた声が真っ白な空間に落ちる。

 呟いた魔女に、いつもの余裕は見当たらず、その声はいつもより低かった。


[第2章 完]

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