呪夜の真実[前編](4)

「つまらないんです。毎日が」

 レイリー=ミュートは短く答えた。その声には諦観の色が強く滲む。

「退屈は君にとって毒なのかい?」

 少女は数回首を横に振り、魔女の言葉を否定した。

「もう、心を塞ぎこんじゃったのかも。たぶん。だからいつもそれを必死に隠そうとしてるんです。いつの間にか、何も感じなくなってしまったみたいで。もう手遅れなのかもしれません」

 退屈は人を狂わせることがあっても心を殺す程の影響を与えることはないと魔女は経験から心得ていた。それは既に実証済みだった。

 魔女は少女が嘘をついていることを見抜く。しかし、深層心理があらわになるはずの夢の中ですら隠し通せる思いや感情ということは、無意識に心にフィルターをかけているのだろう。一種のトラウマに近いものを彼女はずっと昔に経験しているということだ。魔女はそれを知る手段を今は持ち合わせていなかった。

「まったく……難儀なもんだ」

 魔女は途方にくれていた。自分が手を下さずとも、少女は既に絶望を知っていたのだ。


 今回、魔女には2つの目的があった。

 1つは少女に未知の絶望を与え、その様子を観察すること。そしてもう1つは、村の人間の命を凝縮し、形あるものを生成できるのかを試すつもりでいたのだ。それは、人間が何度試みてもたどり着けなかった伝説上の代物。そう、エリクサーだ。

 魔女は少女に絶望を与える手段として村人の命を奪うことを考えていた。その数多の命を何か他のことに利用できないか考えた結果、目に見えない命という莫大なエネルギーに、形を与えることは可能なのかという実験を思い付いたのである。

 その途端、本来の目的であるところの少女に絶望を与えることの方がおまけのように思えてしまい、魔女は非道な実験の開始を心待にしていた。

 しかし、状況は二転三転し、今は目の前の少女についても強い興味を抱いているのだった。少女をどうにか自分の駒に出来ないかと思案する。

 そして両方を手に入れる方法を思いついた魔女は、思わず口元が緩みかける。

 魔女は楽しげに少女に悪意を送る。

「何も感じないと言うならば、それを証明してもらおうか。君は知っているはずなんだ。絶望ってやつをね。ゆっくりと思い出すといい、そして私を憎み、うらみ、殺しに来ればいい。私はそれを強く望む」

 少女は魔女が何を言っているのか理解できなかった。

「貴方はいったい……」

 そう少女が言いかけたとき、魔女はその疑問に先回りして答えた。

「私は、魔女だよ。それもとびきり悪い魔女なのさ」

 そう言って魔女は両の手で指を鳴らす。パチンと乾いた音が重なり共鳴する。

 その音が意味することは2つあった。

 1つは少女の意識の覚醒。

 そしてもう1つは、事実上、とある村がひとつ消滅したということだった。


[つづく]

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