魔女の提案(1)

 息子の処刑まであと数時間。

 パスカルブランチは自宅にて、妻であるルナの肩を抱き三人掛けのソファーに掛けていた。体を小刻みに震わせる妻は、痛いほどに自分の手を握りしめている。それが、後悔によるものなのか、憎悪によるものなのか、それとも単純な悲しみによるものなのかはわからない。もしかするとそのすべてということも大いにあり得るだろう。

 そしてその時を迎えた途端、妻は声を上げて子供のように泣いた。その慟哭どうこくが、悲鳴のように泣き叫ぶ姿が、パスカルブランチの心を引き裂く。

 父として何かで来ることはないかと、その最期の瞬間まで考え続けたが、答えは既に分かっていた。息子を助ける方法など、何一つとして残されていないということを。

 慟哭に重なり始めた嗚咽おえつには、時折歯がこすきしむわずかな音が混ざる。苛立ちをぶつけることもできず、悔しさを噛み潰すようにパスカルブランチの顎に力が入る。

 なぜ、息子が……

 いったいどこのどいつが……

 死刑なんてものがあるからだ。


 絶対に許さない。


 無意識に負の感情が沸き立ち、己を復讐へと駆り立てる。それにブレーキをかけようとする人間としての理性に、疑問を抱いたとき、パスカルブランチの意識は魔女の元へと誘われていた。


[つづく]

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