色褪せた旅立ち(2)
扉の先は真っ白な部屋に通じていた。広さも高さも計り知れないその部屋の中央と思われる場所には、全身に黒を
隣に空いているスペースは誰のための場所だったのだろうかとふと疑問が浮かんだ。
その密かな思考を聞いた女が口を開く。
「君は頭が良いみたいだね。それにこんな状況でもそれなりに冷静に、正常に思考を巡らせている。僕は嬉しいよ。あぁ今は私だったか。失礼、こちらの話だ。賢い君には特別にその抱いた疑問に答えてあげよう。この席は君の兄のために用意したものだよ」
思わぬ答えにチークムーンは魂を直に握られたような錯覚を抱いた。そこでチークムーンは目の前の女に、無意識に気圧されていたことに気づく。それほどまでに目の前の女は異質で、現実離れした空気を纏っている。その異常さが彼女の美貌に花を添えていた。
「なるほど。本当に君はおもしろい。最初に抱く感情は私への恐怖。次点で兄への遠慮とは。本当に君はお兄さんが大事なんだね。君のことをすっかり忘れているのに。だけど気にする必要はないんじゃないかい? あぁ失礼、説明不足かな? 気後れする必要がないということさ。私と君のお兄さんとの対話の席を君が横取りしてしまったことについてね」
疑問を口にする前に魔女は解を添えた。そして再び言葉を紡ぐ。
「私がどうこうしなくともお兄さんは救われるはずだ。そのために今君は目を背けたいものと対峙しているんだろう?」
微笑む女にチークムーンは嫌悪を抱き始める。それは畏怖から来た感情だった。目の前の女が見透かしたように語る全てが、真実であることに恐怖を覚えた。
これが夢ならば早く覚めてほしい。そう思った。願ったのかもしれない。
「おやおや、やり過ぎたかな。すまない。そんなに怯えなくていい。さぁ座りたまえチークムーン」
女はチークムーンを名指し、隣に座るように促す。
迷いが期待を上回り、チークムーンが背後の扉を気にかけた時、女は選択を迫った。
「君が考えているようにその扉を出れば、現実に戻ることが出きる。だけどいいのかい? 兄の順番を奪ってまで私に会う権利を得たのに手ぶらで帰っても。次に扉が閉まれば私はもう姿を見せることはないかもしれないよ? 自分で言うのもアレだが、私はとっても気まぐれだからね」
何も問題はないと思った。この女を兄さんと会わせるわけにはいかない。そう判断したとき、女は笑った。
「まいったね。そんなにも警戒されては流石の私も傷つくというものだよ」
女は拗ねたようにぼやく。そして今度は諦めたように言葉を紡ぐ。
「いいかい? 一度しか言わないから聞き逃してはいけないよ。……私は魔女だ。それも始まりのね」
特別サービスだとでも言いたげに正体を明かした魔女の言葉に、チークムーンはなにひとつとして理解が及ばなかった。
呆然と、間の抜けた静寂が二人の間に広がっていった。
[つづく]
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