色褪せた旅立ち(1)

 晴れ渡る青空に、散りばめられた真っ白な雲が映える。降り注ぐ太陽は決まり切ったようにまぶしく、鮮やかに世界に彩を加える。世界は今日も美しくそこに存在している。


 トラウマを克服できないチークムーンは、折れかけた心で必死に未来を思い描いていた。そうでもしなければ、とっくに旅立ち自体がただの夢として思い出話の中に閉じ込められてしまったことだろう。

 そんなけなげな彼女の思いが、出会うはずのなかった二人を巡り合わせた。

 ある夜、彼女は悪夢によって目覚めた。

 それは、あの日の惨劇のフラッシュバックだった。いや、正確にはそうではない。彼女は幼き自分と兄を俯瞰で見ていた。夢の世界では過去には干渉できないようで、あの日と同じように何もできず二人の行く末を、最悪の結末まで見守るしか無かった。そして兄の頭部がはじけ飛ぶ直前、フィンガースナップの乾いた軽い音により意識が現実に押し戻された。

「——ッは!? はぁはぁ……ッん……」

 荒い息に苦しいほど激しく脈打つ心臓。喉元までせり上がるものはなんとかベッドを汚さずに飲み下すことができた。最悪の目覚めだった。それでも、あの先を再び見ることになるよりはマシだと胸を撫でおろす。起き上がり布団の下の膝を引き寄せて抱きしめた。そのまま布団に顔をうずめしばらく恐怖を垂れ流した。布団には惨めな涙が滲む。夢に出てきた泣き虫な少女は、未だに泣き虫なままだった。それでも、そこには大きな違いが存在する。涙の訳だ。今夜の涙は悔し涙だ。変われない弱いままの自分に嫌気がさした。認めたくなかった。悔しっかったのだ。

 彼女にはまだわからないだろうが、これは生きていく上で必要な涙だった。彼女の成長の証とでも言えるのかもしれない。


 悪夢により睡眠から意識の覚醒に至ったチークムーンは再び布団に入ろうとはせず、顔を洗った後玄関へ向かった。


 扉はいつもより重く感じた。力を込めて押すと、ドアの向こうから声が聞こえた。

「そっちからは引くんだよ、泣き虫さん」

 柔らかな声音に体がビクンと驚く。

「ああごめんよ。驚かせてしまったかな? でも悪いのは君さ。割り込みはダメだと親に教わらなかったのかな? まだ君の番じゃないんだが、これはこれで面白い。さあ、入るといい」

 声に悪意は感じられない。

 玄関の扉は間違いなく外開きなのだが、チークムーンは謎の声に従い扉を引いた。すると、まばゆい光が暗い玄関に差し込む。


 外には確かに静寂と暗闇とわずかな月明かりが広がっていたはずなのに――



[つづく]

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