遠ざかる旅立ち(1)
チークムーンは目覚めと同時に自分の居場所を確認しようとしていた。ベッドから体を起こし辺りを見回すと自分がどこかの病院の一室にいることを理解した。そして、隣のベッドで寝息を立てる存在に気付く。
「——ッハ!? お兄ちゃん……」
兄の顔を見た途端、
謎の少年が指を弾いた途端、目の前の兄に異変が起きたのだ。そう、あの瞬間、兄は確かに絶命したはずだった。なぜなら、チークムーンの目に映る世界では、あの乾いた音が鼓膜を叩くのを合図とするかのように兄の頭は破裂した。
そこで、その光景を最後に、チークムーンの記憶は途切れている。
思い出しただけでも心臓が強く早く脈打つ。おまけに
すがるように、無意識に、視線はある場所へ引き寄せられた。
チークムーンは瞳に捉えた穏やかな兄の寝顔に心から安堵する。
「もう……会えないかと思ってた」
流れる涙もそのままに、チークムーンは兄のベッドまで歩み寄る。
飛び散ったはずの愛おしく柔らかな頬に指でそっと触れる。
温かい。
それだけで心臓がトクンと跳ねた。兄は生きている。それで、それだけで今は良かった。
「う、ん……ッハ!?」
驚くように目を開けた兄に妹は優しく声を掛けた。
「お兄ちゃん、おはよう。もうあの怖い人はいないよ。安心して」
衝撃的な記憶のせいで忘れていたが兄は左手を負傷していたはずだ。そのことを聞こうとした時、兄は妹に問いかける。
「怖い人って、誰ですか? それに君は……」
兄の声音に不安が
妹は、兄の言葉の先を聞きたくなかった。それでも、嫌な予感で満ちる次に出る言葉が自分には分かっていた。兄が自分を映す瞳が、その表情が、言外に答えとなり妹の心を締め付ける。
「誰なんだい?」
分かっていた。分かっていたはずなのに、涙が頬を伝う感触に妹は慌てて顔を伏せた。
「す、すみません……」
妹が欲しかったのは謝罪ではなかった。いつものようにチークと笑って呼んでほしかっただけなのに、そうはならなかった。
状況が把握できない謝る兄に何か説明をしなければと、妹は必死に涙を止めようと心を落ち着かせる。
だが、それができるほどに二人の繋がりは希薄ではない。
死の
重ねた日々が、繋がった血が、二人の絆を深めてきた。
少女の涙は流れるべくして流れ続けた。
溢れる涙の意味を、今は一人の少女しか知らない。
[つづく]
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