兄妹の絆(3)

 高熱にうなされる女性は、帰りの遅い二人の兄妹をずっと案じていた。

 数日前から村に流行り始めた高熱を伴う謎の疫病。二人の母であるミトラはその病に伏していた。

 父であるラケスは王宮に仕えており王宮が襲撃を受けて以来、家に戻ることができずにいた。そのため、ラケスは愛妻ミトラが病臥びょうがしていることを知らない。その知らせを王宮へ届けようと二人の兄妹に隣町の知人へ向けた手紙を届けてもらう予定だったのだ。そのついでに村で手に入らない薬草や果物の調達を頼んだのだが、夜の気配が満ち始めても未だに戻る様子はない。

 二人の兄妹に何かあったのではないかと、ミトラの不安が徐々に肥大していく。その重さに、心が押しつぶされそうになり身体と心には限界が迫っていた。


 それから間もなく、痺れを切らしたミトラは重たい体をもたげた。

 窓の外には闇が深まっていく。その闇が心にまで広がりそうで、ミトラは2人を探しに行くことを決意した。

 ベッドから起き上がり、着替えようと一歩踏み出す。高熱に吐き気、寒気をまとう体がぐらりと崩れ床に座り込んでしまう。

「い、行かなきゃ……」

 母の体を動かしているのは微かな体力でも気力でもなかった。二人の子供への限りない愛だけがそのか細い体をつき動かしていた。倒れた体を起こしたとき、扉を激しく叩く音がした。

「ミトラさん! チークとロートが大変です! 入りますよ!」

 思わぬその知らせに母の霞かけた目が大きく開く。

 乱暴に開かれた扉から村に住む青年リンドが部屋に飛び込んできた。扉は二人の帰りを待つため施錠がされていなかった。部屋に入ったリンドは床に座り込むミトラに慌てて駆け寄る。

「大丈夫ですかミトラさん!? ベッドに運びます。失礼します」

 リンドはミトラを抱きかかえ、体に負荷がかからぬようにゆっくりとベッドへと向かう。リンドの腕をミトラの手が掴む。腕にはミトラのものとは思えないほどの力が伝う。そして荒い呼吸を整え、

「ふ、二人が、ハァ……どうしたって!?」

 不安げに問うミトラに本当のことを伝えるべきかリンドは一瞬だけ躊躇ためらう。

「二人が、その……隣町で事件に巻き込まれています。自分はその場に偶然居合わせまして、事態の収束を確認して報告のために急いで戻った次第です」

 事件という言葉にミトラの顔に不安が滲む。

「心配しないでください。二人とも命に別状はありません。しばらくしたら私が二人を迎えに行きます。ですからミトラさんは安静にしていてください」

「そう……」

 悲しげにつぶやくミトラに、リンドは早く二人を会わせてあげたいと思った。


 このときリンドはまだ知らなかった。目を覚ました兄ロートメルトには記憶障害が、妹チークムーンには強烈なトラウマが刻まれていることを。


[つづく]

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