第68話 vs邪神の眷属

 まずは牽制の突きから入る。

 対峙しただけでは分からない相手の技量も、これで測ることができるだろう。

 もっとも、牽制とは言っても一般の兵士なら、これで充分に致命打となる鋭さを持っていた。


 しかし『まずは探りから』と考えたのは相手も同じだったらしく、俺の突きと相手の爪が正面衝突して受け止められる。

 これに俺は驚愕した。

 この神剣はそんじょそこらの剣ではない。しかも剣神ゴルドー直伝の、俺の技量で放った突きだ。

 受け止めようとすれば爪ごと斬り飛ばされていてもおかしくは無いのに、奴や正面から受け止めてみせた。


「チッ、その爪も普通じゃないってか」

「そちらの剣も、並ではないらしい」

「余裕を見せてくれる!」


 爪を巻き上げるようにして跳ね上げ、斬り下ろしに入ろうとした段階で、俺は自分の計算違いに気付く。

 確かに相手は爪を巻き上げられ、体勢を崩していた。

 しかし通常、爪は両手にある。いや、奴の場合は両手両足にあった。指まで含めれば、その五倍。

 対するこちらは剣一本。数の暴力で圧倒されてしまう。

 アポリオンは崩された態勢のまま、反対の腕で俺に襲い掛かってくる。


「このっ!?」


 その攻撃を頭を下げて躱しながら、俺は自分の不利を悟った。

 確かに武器の攻撃範囲では、俺の方が広いだろう。

 しかし爪の届く範囲においては、奴の手数は俺を遥かに超える。考えてみれば当然の話だ。


「しぶといな!」

「それだけが取り柄でな!」


 しかし、こちとらミュトスの特訓とゴルドーの修行、それとエルヴィラのいじめに耐え抜いてきたんだ。

 アポリオンのフェイントもクソも無い攻撃など、簡単に対応できた。

 しかしその手数は純粋に脅威だ。


「面倒な! 魔法が使えれば楽に仕留められるのに」

「それは俺も同じだっての!」


 アポリオンの吐き捨てるような言葉に、俺も反射的に言い返した。

 俺も相手も、まだ魔法という手札を残している。

 しかし、この地下では派手な魔法は使えない。

 石造りの頑丈な部屋ではあるが、この程度では俺の魔力を防ぎきることはできない。

 それはアポリオンも同じだったのだろう。

 せっかく復活したのに、また生き埋めになるなんて、さすがの奴も遠慮したいと思ったらしい。


 それは俺も同じで、この地下で虚空辺りの剣技を使った場合、まず間違いなく生き埋めになる。

 魔法でも、結果的に同じだろう。

 そうなると地味な初級剣技などで相手を倒す必要があり、手札のバリエーションが著しく制限されていた。


「双破!」

「ぬっ!?」

「五月雨!」

「なんとっ」

「牙噛み――からの、横車!」

「ぬおぅ!?」


 左右の袈裟斬りの連打から五連撃の突き、上下の斬り込みから、左へ二回転する水平斬り。

 アポリオンはこれほどの連撃を全て反射神経だけで躱しきる。

 これだけで、奴の身体能力は人間のそれを遥かに上回っていると判断できる。


 しかし技とは、元より弱者の工夫により生み出された物。

 身体能力で劣っている者が強者を倒すための工夫の産物が、技術である。

 現在俺がアポリオンと互角に斬り合えているのは、この技のおかげだ。


「ゴルドーには感謝しかないな……」


 いくつもの技を組み合わせ、奴の攻勢を防ぎながら攻撃を続ける。

 俺が優勢に思えるかもしれないが、少しでも気を抜くと、手数の多い奴に圧倒されてしまう。

 剣の間合いを維持しつつ奴を牽制して突き放つ。そうしないと俺の方が手数で押し切られるのだから。


「クッ、反撃の隙が無い。やるな、貴様」

「お褒めに預かり光栄の極みだねっ」

「だが、視線の制御までは学ばなかったようだな。足元から間合いを測る流派か?」

「……バレてら」


 足元というのは、攻撃のタイミングや間合いを測る上でこの上ない情報源となる。

 剣術が爛熟らんじゅくした江戸時代など、足元を隠すために袴を常用するようになったくらいだ。

 それに俺の剣も奴の爪も、そこに秘めた破壊力は並のモノではない。

 地下室が崩れない様に気を使ってはいるが、それでも剣や爪の衝撃波が石壁のダメージを蓄積させていく。

 戦いが長引いた場合、ここが崩落するのも時間の問題だろう。

 余計なダメージを出さないためにも、攻撃範囲に気を使って損はない。


「チッ」


 それは奴も察したのらしい。ひとまず距離を取って一息入れようとする。

 ここが崩落してしまえば、奴と言えどタダでは済まない。

 しかし俺は、敢えて奴の懐に飛び込んでいった。


 正直言って、奴は強敵だ。

 人間を圧倒する反射神経と、身体能力。技を圧倒してくる剛の拳。

 この狭い場所で、真正面からの斬り合いとなると、俺の不利は否めない。

 いくら技が強さを補えるといっても、限界というモノがある。


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」


 雄叫びを上げて奴に肉薄し、その身体に剣を突き立てようと吶喊した。

 技も何もない、まるでヤクザ映画のカチコミのような攻撃。

 奴の目には、破れかぶれの突撃に見えたことだろう。

 余裕を持って俺を迎撃すべく、爪を振り上げる。

 このまま進んだら、まず間違いなく俺の刃は届かず、奴の爪に斬り伏せられる。

 その直前で、俺の剣は大きく地面を叩いた。


「なにっ!?」


 驚愕の声を上げるアポリオン。

 その足元にあったのは、転移魔法の実験に使われていた魔法陣。

 俺はミュトスから得た知識と、エルヴィラの特訓で、この魔法陣が『すでに完成している』ことを見抜いていた。

 先ほどから足元を注視していたのは、これを確認するためだ。


 では、なぜ『完成している』のに、生物が溶け崩れてしまうのか?

 それは単純に、魔力が不足しているからである。

 邪神の眷属と呼ばれたアポリオンの力を使って尚、不足するほどの効率の悪さ。

 この魔法陣は、物質を魔力に分解し、目的地で再構築する公正なのだが、生物の場合はタダ肉体を構成する物質だけでなく命力オーラというモノが存在する。

 それらを変換する分だけ魔力が不足し、再構築に使用する魔力が足りなくなる。

 それがゼリー状に溶ける原因になっていた。


「あんたにゃ馴染みある魔法だろ。遠慮なく受け取れよ!」


 おれならば充分に注ぎ切れるだけの魔力を持っていたが、ここはあえて不足気味に術式を起動する。

 この魔法陣の欠点を一つ上げるとすれば、魔力が足りなくても起動してしまうという、あまりにもあからさまな欠陥だ。


「貴様、我をどこへ――」

「んなもんは知らん。けど多分、王都のどっかだろうな」


 叛乱軍の連中は、この魔法陣を連絡用に使用していた。

 ならば送り先も、その連中の本拠地に近い場所のはず。

 うまくアポリオンを溶かせれば良し、そうでなくても、この騒動を起こした連中に問題児を送り付けることができる。

 それが俺のこの戦いでの切り札だった。


「貴様! このような、このような結末など――」

「悪ィな。俺ってば、真っ当な剣士じゃないから、正々堂々とか縁が無いんだ」

「おのれえぇぇぇぇぇぇっっっ!!」


 俺の悪態に絶叫を残してから、アポリオンは消え失せた。

 しかし、魔法陣の起動はまだ止まらない。


「ぅげっ!?」


 転移の光は、拡大を続け、魔法陣からはみ出してきていた。

 このままだと、俺も巻き込まれる可能性がある。

 背後に逃げるかと一瞬考えたが、背後にはあの叛乱軍の男が待ち伏せている可能性もあった。

 ならば別の方角から逃げ出すのがいいだろう。そう考えて、俺はあえて天井を斬り抜く。


 訓練場の地下にあるこの部屋も、例に漏れず頑強な造りをしていたが、それでも俺の剣技とこの神剣をもってすれば、斬り抜くことは可能だった。

 崩れて落ちてくる岩塊は、光に飲まれて何処かへと消えていく。おそらくは設定された先へと転移しているのだろう。

 しかし俺があの光に巻き込まれたら、待っているのはドロドロになる未来しかない。


 斬り抜いた天井の縁にしがみつき、そこから這い上がろうと足掻く。

 その時、運悪く掴まっていた縁か崩れ、俺の身体は落下を始めていた。


「マジかよォ!?」


 自由落下を始めた俺は、どうにか天井にしがみつこうと腕を伸ばす。

 その腕を、見知った顔が掴み取り、落下を阻止してくれた。


「まったく、いきなり床が崩れたと思ったら……何をしているんだ、シノーラ」


 この状況を理解していないセラスが、暢気な口調でそんなことを告げてくる。

 だが、絶体絶命の状況から救ってくれたことには違いない。

 足元では次第に光が薄れていき、元の魔法陣へと戻っていく。

 そんな状況にもかかわらず、思わず惚れそうになったくらい、俺にはセラスがイケメンに見えたのだった。

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