第67話 復活する邪神(眷属)

 地下への通路はさすがに表沙汰にはできなかったらしく、部屋の隅にひっそりと隠すように存在していた。

 そんな場所をあっさり見つけることができたのは、ひとえに先行している兵士たちのおかげだろう。

 連中は床の敷石を剥がすようにして地下へ扉を剥き出しにして、そのまま先に向かったらしい。


 俺もその後を追ってさらなる地下に足を向けながら、俺は今の状況に想いを馳せる。

 正直言って、あまり良い状況には見えない。

 傭兵ギルドの外にはミュトスとエリンたち。セラスは傭兵たちを引き連れ、ギルド内を捜索中。そして俺は単独で、この先の兵士たちを制圧しに向かっている。

 あまりにも戦力がばらけすぎている。

 ゴルドーに見られたら、顔を顰められるだろう。『愚策が過ぎる』と説教される状況が目に浮かぶようだ。


「まぁ、どうせ見られているんだろうけどな」


 なにせ相手は神様、こちらを覗き見るなんて朝飯前だろう。

 ひょっとしたら、神格を得ている俺にも同じことができるかもしれないが、そのやり方が分からない。

 俺にはこちらに関する知識が、圧倒的に不足している。

 いや、ひょっとしたらできないかもしれないか。ここはミュトスですら見抜けなかった場所なのだから。

 そんなことを考えながら足を進めていると、地下道の先に大きな扉が見えてきた。


「っと、行き止まりか。ここに連中がいるんだな」


 あの紳士然とした代表者の話では、これ以上先に存在するのは、この隠し部屋だけらしい。

 ここまで敵にすれ違っていなかったのだから、残るはこの部屋だけということになる。

 俺は足音を忍ばせ、扉に取り付くと聞き耳を立てる。


「――――」

「――! ――――」


 中からは何か話し声が聞こえるが、正確には聞き取れない。そして扉のそばに人の気配が一つ。

 室内全体だと五人の気配が存在していた。

 それぞれがごそごそと動く気配が存在したので、何らかの作業をしているのだろう。

 そして五人の人以外の気配が一つ。こちらは場所は把握できるのだが、その存在を明確に掴めない不思議な感覚だった。


「……これ、ヤバい奴だな」


 明らかに人ではない。そして闇帝に近い、邪悪な気配を感じていた。

 もし中の連中がこの気配の主を目覚めさせようとしているのなら、これは絶対に止めないといけない。

 ミュトスの依頼がなくとも、こんな奴を野に放つわけにはいかない。

 この町にはセラスもエリンも存在するのだから。


「行くか」


 この気配のおかげで俺は覚悟が決まった。この中の連中は生かしては置けない連中だ。

 連中が生き延びた場合、また別の場所で、別の何かを目覚めさせるかもしれなかった。

 だから逃がすわけにはいかない。


「――ッ!」


 勢いよく扉を蹴り付け、不意を打つ。

 内側から鍵をかけていたようだが、鍵ごと蹴り潰し、強引に開けた。

 これは剛力による能力のおかげだろう。


 突然部屋に飛び込んできた俺に、室内の五人は完全に意表を突かれたらしい。

 ほとんど棒立ちのままこちらに視線を向ける五人。奥の一人だけは、剣の柄に手を伸ばしていた。

 俺は扉の前で見張っていた一人にまず斬り付け、続いて残る四人に一撃ずつ加えていく。

 しかしその攻撃は、意外にも半数に躱される結果となった。


「なん、とぉ!? 五月雨ェ!」


 二人を斬り倒し、一人は攻撃を躱していた。そして残る一人は驚くべきことに反撃を加えてきたのだ。

 一息に五度の刺突を繰り出してくる敵。この技はゴルドー流の剣技にあった五月雨という技だ。

 一の太刀に属する基本技の一つだが、この奇襲に対し反射的に撃ち出してくるのだから、かなりの手練れと見るべきだろう。


「させるかっ」


 その五度の突きを、更に五月雨を使って撃ち落とす。

 相手は攻撃が迎撃されたことに驚きつつも、飛び退いて距離を取った。

 スキルには本来、起動の言葉が必要になる。しかし俺の場合、それを省略できるレベルで剣技を修めていた。

 反撃の全ての攻撃を撃ち落とし、互いに間合いを測りつつ対峙する。

 そんな俺に、目の前の男が惚けた口調で話しかけてきた。


「あー、君、何者?」

「侵入者だよ」


 俺は端的にそれに応えつつも、剣を構える。

 奇襲によって三人を倒すことができたが、まだ二人が残っている。

 しかもこの目の前の男は、かなりの強敵と思われる。


「素直には答えてくれないかなぁ。五月雨に五月雨で返すなんて初めての経験だよ」

「うちの師匠なら、これくらい余裕なんだが」

「そりゃ凄い。ぜひ紹介してくんない? あと君もうちに入る気はない?」

「ぜったいに嫌だね」


 こんな手段を択ばない連中と一緒に働くなんて、御免被りたい。

 どんなふうに使い捨てられるか、分かった物じゃない。


「そりゃ残念」


 男はさして残念でもなさそうにそう漏らすと、ふと俺の背後に視線を向けた。

 そこには確か、生き残ったもう一人がいたはずである。

 俺はとっさに背後に意識を向けた瞬間、男は俺に向けて斬りかかってきた。


「チッ、小細工を!」

「そりゃ、するさ。俺だって死にたくねぇからな!」


 飛び込んできた男を俺が迎撃する。その背後から、もう一人の男が斬りかかってくる。

 これを無視するには、不可能だった。頑強を持っているとしても、剣で斬りかかられるのを無視するのは、さすがに怖い。


 目前の男に蹴りを放ち、突き放す。

 その隙に背後に振り返って、もう一人の兵士と斬り結んだ。

 こちらの男の技量はそれほどでもないらしく、あっさりと剣を巻き上げて跳ね飛ばすと、返す刃で切り伏せる。

 そしてもう一度背後に振り返ると、そこには男の姿はなかった。


「あ?」

「悪いね。アンタみたいなのとは、まともに斬り結んでられないんだよ」


 気が付くと男は俺の目を逃れ、扉の方に駆け抜けていた。

 この男を逃すと、探索しているセラスたちが危険になるかもしれない。

 俺は男の後を追おうとしたが、背後で不穏な気配が突如として噴き上がっていた。


「なんだ!?」

「あー、悪ィ。邪神の封印、ちょびっとだけ緩めといたんだわ」

「てめぇ、なんてことしやがる!」

「これも仕事なんでね。いや、悪いと思ってるよー」


 そう言うと男は扉の向こうへと消えていった。

 後を追いたいと思っても、背後から湧き上がる気配がそれをさせてくれない。


「チッ、こっちを始末するのが先か!」


 よく見まわしてみると、部屋の中にはいくつか魔法陣のような物が描かれており、その一つが淡い光を放っていた。

 その光の中に、うっすらと人らしき影が見える。

 人影は瞬く間にその姿を鮮明にしていき、光が収まる頃には一人の人間がその場に現れていた。

 いや、人間と呼ぶのは支障があるかもしれない。

 男の背には蝙蝠のような翼があり、手足には鈎爪が生えていたのだから。


「……邪神?」

「我をそう呼ぶか? だが残念ながら、我はあのお方の眷属に過ぎぬ」


 返事が返ってくるとは思っていなかったので、悪魔っぽい男の声に俺は驚愕を禁じ得なかった。

 だが意思疎通できるのならば、戦いを避けられるかもしれない。


「そうなんだ? ところであんた、名前は? できればこのまま、封印に戻ってくれるとありがたいんだけど」

「まずは名乗ろう。我はアポリオン。邪神アバドン様に属する者なり」

「ご丁寧にどうも。俺はシノーラ・コーエン。創世神ミュトスの眷属……になるのかな?」

「自らの出自も理解しておらぬか?」

「なにせ異世界出身なんで」


 アポリオン……アバドンって悪魔の別名だが、この世界では別の存在なのか。

 そもそも名前が似ている存在がいること自体、奇跡に近いかもしれない。


「ふむ? 封印に戻れという言葉にも従えぬ。世に破壊をバラまくのは我の性なれば」

「ああ、そうかよ」


 まぁ、ミュトスの名を出したからといって、従ってくれるとは思っていなかった。

 そもそも意思疎通できるだけでも、意外だったのだから。


「しかたない。なら力尽くと行こうか」

「その方が我も分かりやすくて良いな」


 俺が剣を構え、アポリオンが爪を構える。

 対峙したまま一拍の間を置く。そして俺たちは、ほぼ同時に斬り込んでいったのだった。

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