第66話 地下に封印されていた物
扉の向こうには二十人ほどの人たちが囚えられていた。
そのうち半数近くは職員のようだ。
彼らは、突然扉を開け放って飛び込んできた俺たちを見て、身構えるように警戒する。
助けに来て攻撃されてはたまらないので、俺は慌てて両手を上げて無抵抗の意思を示した。
「待ってください、俺たちはエリンさんの依頼を受けて助けにきた者です!」
「エリンさんの? あ、そう言えばセラスちゃんがいるじゃないか」
「あ、ホントだ。おまけのシノーラも一緒だな」
「オマケって……」
セラスのオマケ扱いに、俺は思わずその場に膝をつき、指で地面を弄り始めた。
「オマケ……俺、オマケ……」
「し、シノーラはオマケじゃないぞ。すっごく強いじゃないか」
「うう、セラスは良い子だなぁ」
いきなり心にクリティカルヒットを受けた俺に、セラスが必死で励ましの声をかける。
正直さっきの一言は、ミュトスの特訓よりもダメージを受けたかもしれない。
しかし今はそれどころではない。彼らを解放し、エリンと合流させるのが俺の仕事だ。
ひとしきりセラスの頭を撫でて気分を落ち着かせた後、俺は捕らえられていた人に向き直る。
セラスだけはなぜか頬を膨らませて不満そうにしていたが、今は後回しだ。
「とにかく、見張りの兵士は足止めしてるだけなので、すぐにここから脱出しましょう」
「だが、出入り口には見張りが……ハッ、ひょっとして倒してくれたのか?」
「一階は倒しましたが、地下はまだです」
「なら脱出は難しい。傭兵たちは装備も取り上げられていてな」
一階の敵は一掃してきたが、地下の敵は足止めした程度である。
酸欠によって無力化できた可能性もあるが、全員無力化できたかどうかは分からない。
そんな俺の、頼りにならない答えに応じたのは、ひげを蓄えた紳士風の職員だった。
どうやら彼が、傭兵ギルドの代表者らしい。
「それにしても、えらく人数が少ないように思えるんですが?」
「ああ、傭兵たちの多くは金を貰った直後に飲みに行ったからね。それに町の封鎖が決まった段階で、この町の傭兵たちも町を出てしまっていた」
「町から出れないんじゃ、仕事にならないですもんね」
確かに門では町への侵入者は警戒していたが、町を出るモノには無警戒だった。
その結果、傭兵たちはどんどん町を脱出し、町中の傭兵たちの数は極限まで減ってしまっていたのだろう。
元々傭兵たちの戦力は、基本的に町の外において真価を発揮する。
町中でもその武力は必要とされる場面もあるが、それは護衛や用心棒などの仕事くらいだ。
エリンたちが連れてきた傭兵のおかげで多少は数が増えたかもしれないが、彼らは報酬を貰ってすぐに飲み歩いていた。
おかげでこの傭兵ギルドにほとんど傭兵がいない状況で、叛乱が起きたというわけだ。
「それに一部の兵士は、さらに地下に向かっている。何をしているのかは……とにかく、放置はしておけん」
俺たちのいる地下階と、さらに地下に兵士が残っているというのか。
地下には確か転移魔法の研究施設があったはずだ。奴らの狙いはそれということかもしれない。
代表者が口篭もったのは、それが部外秘の秘密だからだろう。
しかも傭兵たちが無装備というのもキツイ。やはり後ろの敵だけでも仕留めておくべきだったかと、一瞬悩む。
俺はゴルドーやエルヴィラに特訓してもらい、個人的な戦闘力なら確かに上がっている。
しかし実戦経験はあまりにも不足しているので、こういう場面で判断ミスが目立つ。
ゴルドーならば、背後の兵士も斬り捨てておき、傭兵たちを安全に連れ戻ったことだろう。
半端に戦闘を避けてしまったことにより、状況が余計に面倒になってしまった。
「今から戻って……いや、それだと時間がかかり過ぎるか? 地下には一体何があるんです?」
「それは済まないが答えられない。察してくれるとありがたい」
一応、地下に研究施設があることは、俺も知っている。しかしそれを、公に口にすることはできないというところか。
俺もそれを無理に聞き出そうとは、あまり思わない。
しかしこの反応で、地下の施設の存在については、確信が持てた。
それと商業ギルドの敵も放置したままだ。もしここの襲撃があちらに漏れた場合、援軍が来る可能性がある。
しかも敵の全容もいまだ知れていない。俺一人ならいくらでも切り抜けようはあるだろうが、セラスと、それに傭兵たちを抱えたままというのは、さすがに難しいと思う。
「脱出してから後で取り戻しに来るというのは?」
「すまないが、地下に向かった敵を放置できない。私たちに装備があれば……」
「その装備はどこに?」
「不明だ。我々はここに閉じ込められて、外部の情報を閉ざされていたのだから」
「あー、確かに。閉じ込められてちゃ、どうしようもないですね」
つまりこの人たちは、この傭兵ギルドのどこにあるかも分からない装備を捜してギルド内を彷徨い歩き、その後に地下に向かった兵を追っていくと主張しているわけだ。
正直、せっかく助けにきたのに、自殺志願にしか聞こえない。
俺としては早くエリンと合流してもらい、反抗の体勢を整えてもらいたい。
「あー、わかりました。じゃあ俺が地下に向かいます。セラスは彼らと同行して、装備の奪還を」
「シノーラ、単独行動は危険じゃないか?」
「そうかもしれないけど、ここでこうでも言わないと、彼らが動きそうにないし」
「む、本当にすまないとは思っている」
「だから、地下に何があるのかくらい、話してくれてもいいんじゃないですかね?」
「むぅ……」
俺の提案に、代表者の人はしばらく渋った顔で逡巡する。
しばし考えた後、彼は部屋の隅へ俺を案内し、他の傭兵から聞こえないように打ち明けた。
「実はこのギルドの地下には、邪神にまつわる施設が封印されているんだ」
「ハァ?」
いや、邪神の施設? この地下にあるのは転移魔法の研究施設ではなかったのか?
ミュトスがたまに発生するとか言ってたけど、ここにもそれ所縁の品が存在していたとは。
いや、むしろそれも当然なのかもしれない。
この地下の施設については、ミュトスも見通せていなかった。
考えてみれば、神であるミュトスの監視を逃れることができるなんて、余程のことだ。
それも邪神関連の施設であるなら、納得ができる。
創世神であるミュトスほどではないが、神という存在である以上、格的には限りなく近いのだから。
「信じられないのも無理はない。だが事実だ。過去にはその施設を使って、何かの魔法実験も行われていたらしい」
俺の反応を見て、代表者の人は信じなかったと考えたらしい。
実際は違うのだが、今それを無理に正す必要はないだろう。
「兵士たちがそこに向かったということは、何らかの目的があると?」
「ああ。だからこそ、私はこれを放置できない。代々、この町の傭兵ギルドの長は、これを守るのが仕事の一つだったのだから」
だから彼は、強硬にここを離れることを固辞していたのか。
しかしそうと分かれば、なおさら俺が向かう必要がある。
叛乱軍が邪神絡みで良からぬことを企んでいる以上、その尻拭いが俺に回ってくる可能性が非常に高かったからである。
ミュトスもゴルドーも、なんだかんだで口が上手い。
俺は彼女たちの要請を、断り切れる自信が無かった。
「分かりました。では、俺が向かいますので、当初の予定通りあなたはセラスと一緒に装備の奪還を」
「彼女の腕は?」
「俺が見る限りでは、間違いなく一流ですよ」
「分かった。君は先に?」
「はい。とはいえ一人では心もとないので、早く援軍に来てくれると助かります」
「承知した、全力を尽くそう。この働きには必ず報いる」
「期待してます。では」
「ああ、武運を」
そう言って彼はセラスの元に向かう。
俺はそれを見送った後、さらに奥へと足を向けたのだった。
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