第65話 正面突破
元の世界に戻った俺は、視界の急変化について行けず、ぐらりと身体を傾がせた。
横にいたセラスが、慌てて俺の脇に手を差し入れ、身体を支えてくれる。
「どうしたんだ、シノーラ。急によろめいたりして。あっ、ひょっとしてアレか? 急に倒れるという……」
そう言えばグラントにスキルや魔法を学んでいた時、そんな設定を付け足したことがあったっけ。
いきなりぐらついたので、セラスはその時のことを思い出したのだろう。
「いや、大丈夫。ちょっとした立ち眩みだから。それよりセラス、これを使ってくれ」
俺はミュトスより預かった二本目の神剣を彼女へ差し出した。
それは青銅の武器が主流のこの世界で、鉄より硬い――というか壊れないというチート武器である。
「これは?」
「ミュトスから預かってきたセラス用の武器だよ。俺のと同じ」
「お揃い!?」
なんだか突入直前だというのに、目を輝かせてこちらの方に乗り出してくる。
というか、剣ごと俺の手を掴むな。敵のアジトの目の前で。
「この剣は俺もセラスから貰ったもので、すごく固い金属でできている。その分手首への反動もきついから、そこは気を付けろよ?」
「ああ、わかった」
セラスは俺から剣を受け取り、嬉々として刃を抜き払う。
そして傭兵ギルドの門へ、その刃を叩きつけた。
ただ叩き付けただけでなく、きちんと手首を締め、刃を滑らせる引きも交えている。
その影響か、あまり反動を受けることなく、扉を斬り抜くことに成功していた。
セラスの剣技を見て、俺は再び関心の声を上げる。
まだまだ粗さは残るが、平面の扉を斬り抜くというのは、意外と難しい技だからだ。
「やるじゃん」
「それほどでも」
セラスに親指を立ててみせると、彼女同じポーズを返してきた。
そんな彼女の横を通り抜け、俺は先に傭兵ギルドへ足を踏み入れた。
これは彼女が先に入るより、俺の方が安全だと思ったからだ。
「なんだ、貴様!」
「敵襲か!?」
ロビーには王国軍の装備を身に着けた兵士が三人ほどいた。
おそらく、ここを守るように配置された連中だろう。映画なら人質にも同じ服装をさせて、犯人を分からなくする立て籠もりの話とか見たことあるけど、そんな工夫をする連中にも思えない。
「――フッ!」
俺は容赦なく連中を無力化することを決め、懐に一息に飛び込んで剣を振るう。
相手もそんな動きを想定していたのか、剣を抜いて対応しようとしていた。
左腰から引き抜かれようとする剣。俺はあえて、その剣に神剣を叩きつけた。
この青銅の武器が主流の世界で、その騎士は鉄製の剣を持っていた。
神剣はそれを容易く両断し、兵士の胸を斬り裂く。
もんどり打って倒れる兵士をよそに、俺はさらに隣の兵士に蹴りを入れて吹っ飛ばす。
蹴り飛ばした相手にとどめを刺し、残る一人に向き直った時には、その兵士はセラスに斬り倒されていた。
「ヒドイじゃないか。私を置いて斬り込むなんて」
「いや、追い付いてくるとはなぁ」
「それにしても、シノーラは意外と剣も使えたんだな。グラントの家では実力を隠していたのか?」
「あ、ああ、まぁな」
実はあれから急成長しましたなんて、とても言えない。
ここはセラスの勘違いに乗っておくのがいいと思う。後、ついでに話も逸らせておく。
「それより、職員や傭兵たちを解放しないと」
「ああ、でもどこに監禁されているのか、分からないぞ?」
「こういう時は大抵一か所に人質を集めているものだよな?」
「私もそう思うけど――」
「なら、こっちだ」
手早く
エルヴィラとの修行の結果、俺は無詠唱で魔法を使用できるようになっていた。
魔法を起動する際の魔法陣の展開すら隠蔽して起動することができるため、傍から見ればいきなり魔法が発生したように見えるだろう。
「分かるのか!?」
「
「便利だな……私にも覚えられるか?」
「どうだろう? ちょっと難しいかも」
基礎的な魔力が少ない彼女では、起動すら危ういだろう。
ともあれ、大勢の気配は地下に存在している。そこへ最短距離で向かうには、方法は一つだろう。
「あれ、シノーラ。そっちは壁――」
セラスの言葉を待たずして、俺は壁を斬り抜いていた。
建物の壁を斬り抜けるのだから、わざわざ通路を歩いていく必要なんてない。
連なる部屋を次々と斬り抜け、通路を駆けていく兵士をやり過ごす。
そのまま集団の真上までやってきて、今度は床を斬り抜いた。
ガコンと盛大な音を立てて落ちていく床。その騒音を遠くから聞きつけた兵士が、声を上げていた。
「こんな侵入方法があったなんて……」
「こっそり忍び込む方法もあるけど、面倒じゃん?」
「シノーラ、意外と雑な性格だったんだな」
ミュトスとの特訓の結果、俺は気配を消すスキルとか、死角を突く体捌きを習得していた。
だけど相手は俺よりかなり腕の劣る兵士たち。隠れてやり過ごすより、むしろまとめて制圧してしまった方が安全だったりする。
「ヨシ、次行こうか」
「へ? ええ!?」
続いて通ってきた壁を
これで鉄の剣程度ではそうそう破られることは無いだろう。
ついでに扉の方も同じ処理をしておき、この部屋を完全な密室にしておいた。
これで後を追ってくるのは、かなり骨が折れるはずだ。
「じゃ、降りようか」
セラスにそう言い置いて、俺はトンと地下に降り立った。
そこは十メートル四方の部屋だったのだが、そこへ兵士が駆け込んでくる。
しかし俺は、兵士が扉を開けた段階で少し手を加えた
「なにご――ぎゃあぁぁぁっ!?」
直撃を受けて火達磨になった兵士が、まるで牛に跳ね飛ばされたかのように吹っ飛んでいく。
部屋の反対側にも扉があったようだが、別に気にしないでおく。
その後どうなったかは、俺の眼には入ってこなかった。壁で扉を塞いでいたのだから。
「くそっ! おい、この壁を崩せ! 早く!」
「で、ですが、マーカスが――」
「侵入者の方が先だ!」
どうやら指揮官の男がいたらしく、そんな指示が壁の向こうから聞こえてくる。
兵士たちはその指示に従っていたのか、がりがりと壁を削る音が聞こえてきた。
なので俺は、この壁にも
ときおり壁の向こうから咳き込むような声が聞こえてきたが、それも次第に少なくなっていく。
先ほどの火球は長く燃え続けるように手を加えていたので、壁の向こうの酸素を消費していったからだ。
「おい、何を休んで……く、目が……」
この世界では酸素の概念が無いのだろう。部屋の反対側にあった扉を開ければ助かるのだろうが、それをしなかったようである。
自分たちがなぜ眩暈を起こしているのか、その原因が分からないまま壁を削り続けていた。
まさかそれが、今も部屋の片隅で燃え続ける火球の仕業とは思わないだろう。その原因を悟れるほど、この世界の文明レベルは高くない。
「いくぞ」
「ま、待ってくれ!」
俺があっさり兵士を無力化したことで、セラスは慌てて地下室へと飛び降りてきた。
大勢の気配はこの部屋ではなく、この隣の部屋から聞こえてくる。
ここの地下室はどうやらいくつかの部屋を繋いだ構造になっているらしく、この先に広い空間があるらしかった。
「この先ってなにか分かるか?」
「多分、修練場だろうな。新しい武器の習熟とか、魔法の練習とか、新人の訓練なんかに使われる場所だ」
「ああ、確かにそういうのって必要だよなぁ」
「ここは小部屋を繋いで通路にしてるみたいだから、こういう場所を塞いでおけば閉じ込めて置けるんだろうな」
「なるほどなぁ。連中も考えているってわけだ」
再び
どうやら、この先には兵士は配置されていない様子だった。
それを確認してから、俺は次の扉を開け放ったのだった。
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