第64話 同化と昇華

 気絶から目を覚ました俺は、胃の中の不快感に悶絶した。

 悶え、苦しみ、そして意識を失う。

 暴れ回りたいほど苦しかったが、手足が痺れてそれも敵わない。

 ただ脊髄反射のようにビクビクと身体を跳ね回すことしかできなかった。


 気絶して、そしてまた目を覚ましては悶え苦しむ。それを何度繰り返したことだろうか?

 次第に胃の中の不快感は薄れ、逆に身体全体にどす黒い何かの感触が、ゆっくり広がっていくのを感じ取っていた。


「……うぅ?」

「目が覚めましたか、シノーラさん」


 そう声をかけてきたのは、例によって俺に膝を貸しているミュトスだ。

 いや、きっと目を覚ますたびに何度も声をかけてくれていたのだろう。

 俺にそれを認識する余裕が無かっただけだ。


「ああ、うぐっ」

「まだ無理をしないでください。今シノーラさんの身体は、闇帝の核を取り込み、それに適応しようとしている最中なんです」

「それが、この不快感か゚」

「ええ。それでも神格のタレントがあるから、まだ耐えれている方なんですよ」

「無かったらどうなっていた?」

「最悪ですと意識がその不快感に呑まれて、衝動のままに動く闇帝になり果てるかと。もっともシノーラさんの我慢強さなら、普通に耐えてた可能性が高いですが」

「そりゃ、怖いな……」


 そんな物を飲ませるなと主張したかったが、ミュトス的には勝ち目のある勝負だったのだろう。

 俺が封じておくことで、この先闇帝の発生を防げるのだから、勝負する価値はあるはずだ。

 その上、不老不死となった俺なら、その封印は永遠に続くこととなる。


「なん、とか……起き上がれそうだ」

「まだ無理はしない方がいいですよ」

「だけど、セラスの方が心配なんだ。斬り込む直前だったし」

「ここにいる間は、向こうの時間は経過しません。知っているでしょう?」

「もちろん知ってるけど、落ち着かないんだよ」


 セラスは俺を兄のように慕い、恩人と尽くしてくれている。

 今回だって、一見すると無茶な特攻にも付き合ってくれているのだ。


「行くにしても、もう少し体調が落ち着いてからにしてください。今のシノーラさんでは、まともに戦えませんよ」

「しかし……」

「シノーラさんが負けたら、次はセラスさんの命が危なくなります。気がくのは分かりますが万全を期してください」

「……わかった」


 ミュトスの言うことは事実だ。俺が負ければ敵中にセラス一人が取り残されることとなる。

 いくら彼女が良い腕をしていると言っても、多勢に無勢では生き残れないだろう。

 ミュトスの主張を理解して、俺は大きく深呼吸を繰り返す。

 胃の中の不快感を抑えるため、身体全体にその不快感を散らすように意識を向ける。


「シノーラさん、その、私の膝の上で息を荒げないでくださいます?」

「深呼吸だ!?」

「失礼しました、匂いを嗅がれているのかと」

「俺は変態かっ!」


 ミュトスの茶々入れで、呼吸の流れが滞る。再び深呼吸を再開しようとしたら、今度は俺の顔を覗き込むように顔を近付けてくる。


「ミュトス、近い近い!」

「あ、失礼しました。目の色が深くなったかなって思いまして」

「目の色?」

「ええ。どうやら順調に核が馴染んでいっているみたいです」

「そりゃよかった……のか?」

「もちろんです」


 無邪気に太陽のような笑顔を浮かべながら、安心したように笑うミュトス。

 そんな表情を見ていると、彼女が見た目相応の少女に見えてくるから不思議だ。


「闇帝の核と神格を持っているわけですから、下手をしたら神格まで汚染されて邪神になっちゃう可能性もありましたし」

「ちょっと待てぇ!?」

「私、言いましたよ? この世界には邪神とかたまに沸くって」


 そう言えば転生前のやり取りで、そんなことを言っていた気がしないでもない。

 つまり邪神とは、闇帝の核を持った存在が、暴れ回ってうっかり神格を得てしまったら誕生するということだろうか。


「なぁ、神格ってなんだ?」

「え、神様になれるだけの器を備えていることですよ」

「そういうのって、後付けで取得できたりするモノなのか?」

「シノーラさんは取得できましたよ?」

「それはミュトスの力があったからだろ」


 そこまで言われて、納得がいったという風にミュトスが手を打った。


「ああ、なるほど。この世界では生物を絶命させた際にその力の一部を取り込めるんですよ。いわゆる経験値ですね!」

「いきなりゲームチックな話になったな……」

「シノーラさんでも分かりやすく理解できるように、アレンジしてますので」

「……お手数かけます」


 確かに俺は頭は良い方ではなかったけど、これはこれで少し心に刺さる。

 まぁ、ミュトスにからかわれるのは、ちょっとだけご褒美感がしないでもないけど。


「正確には命力オーラですけど。これを貯めに貯め捲ったら、生物としての格が上がっていくんです。レベルアップですね、ヤバいですね!」

「あー、そう……」

「闇帝が暴れ回った結果、神格を得るまでオーラを貯め込み、結果的に邪神に進化してしまう存在がいるわけです」

「過去に何度もあったのか?」

「今までに三回ほど。私たちで対処したんですけど、結果として文明が崩壊するほどのダメージを世界に与えてしまいました」

「それで世界への干渉を嫌がっていたのか」

「そんなところです」


 ついっと俺から視線を外しつつ、肯定する。なんだか後ろめたいことでもあるかのような態度だ。


「しかしシノーラさんが核を受け取ってくれたおかげで、その危険性は大きく下がりました。今後三百年くらいは平気なんじゃないでしょうか?」

「それはよかった。苦しんだ価値はあったな」


 そう言いつつ俺は手を持ち上げてみた。

 胃の中の不快感は、ミュトスと会話している間に大分薄れていき、手足の痺れも取れてきた。

 多少の違和感は残っているが、戦えないほどじゃないだろう。

 俺は少し名残惜しい気もしないでもないが、ミュトスの膝から身を起こす。

 そしてインベントリーから神剣を取り出し、軽く振って身体の具合を確認していく。


「フッ! ハッ!」


 まずは基本の振り下ろしから。そして横薙ぎ、袈裟、斬り上げと一通りの型を流す。

 鋭い空を切る音が響き、それに不快感を覚える。

 本当に鋭い剣は、風切り音すら起こさない。居合斬りで風切り音が起きないのと同じだ。俺の本調子なら、こんな無様な音は立てなかっただろう。


「まだ、少しかかるかな?」

「向こうのことなら、心配する必要はないですよ?」

「そうなんだけどさ。セラスは無鉄砲なところがあるから」


 単独でグリフォンと対峙するほど、怖いもの知らずだ。

 正直、この突入に選んだのは失敗だったかと、今頃になって心配になってきた。


「セラスさんがご心配ですか?」

「まぁね。大事な妹分だから」

「むぅ」


 俺の答えのどこが不満だったのか、ミュトスは少し頬を膨らませる。

 しかしそれでも救いの手を差し伸べるのが、彼女のいいところだ。


「しかたありませんね。これをセラスさんに」


 そう言ってミュトスが差し出してきたのは、俺の持つ神剣と同じものだった。


「これは?」

「セラスさんの剣は青銅製ですから、すぐ壊れます。せめてこれで身を護るように、シノーラさんから渡してください」


 この世界は、鉄器がようやく普及してきた程度の文明しかない。

 セラスの持つ騎士剣も、今持っている代用の剣も、その例に漏れず青銅製だった。

 相手の鎧も青銅製なのだから、バランス的には問題ないのかもしれないが、やはり耐久性には不安がある。


「いいのか?」

「まぁ、私もセラスさんは嫌いではないので。怪我されると悲しいですし」


 つんと横を向いて顎を逸らせる彼女に、思わずツンデレかと突っ込みたくなってしまった。

 しかしそれはそれで、ミュトスらしいと、思わず笑みを浮かべてしまうのだった。

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