第63話 神様になろう
取り出した紙片には一言『不老不死』とだけ、記載されていた。
それを見て、俺の脳裏に嫌な過去が甦る。確か転生した際に、この能力を得た者がどうなったか、だ。
「ま、待って! それを貰った人って、確か三秒で寿命が尽きたんじゃ――」
「あ、今回に関しては大丈夫ですよ。先も言いましたが、今回は私のお手伝いをしてもらうことが代償となってますから」
「じゃあ、寿命は……?」
「減りません。ずっと一緒に居られますよ、ヤバいですね!」
「確かにヤバいな。俺の精神的に」
長生きできるのは非常にありがたいが、その間、ミュトスの修行をずっと受け続けるのかと思うと、頭が痛くなる。
いや、むしろそれを差し引いても、彼女とずっと生きていけるのは幸せなことかもしれない。なにせ、一人ではないのだから。
そして彼女は、非常に魅力的なのだから。
「それではその紙をこちらに渡してください」
「お、おう……あ、そうだ。これを習得するのに特訓とか……」
「ありませんよ! したいですけど」
「今――」
「なにも言ってません! ほら、次引いてください、次。渡す能力は二つなんですから」
そういうとミュトスは、俺の顔前に箱をずいっと差し出してくる。
危うく顔面を強打しそうになったので、思わず俺は仰け反って避ける。
その箱を取り出しやすい位置まで押し下げ、俺は手を突っ込んで、再び一枚の紙片を取り出した。
「おや? おやおや?」
そこに書かれていた文字を覗き込み、ミュトスは奇妙な声を上げていた。
邪魔になるその頭を押し退け、俺は紙片の文字を見てみると、そこには『神格』の文字が書かれていた。
「なぁ、これはどういうことなんだ?」
「あー、つまり、神様になる資格を得るということですね。私と同格になれますよ!」
「人間辞めちまうのか」
「今さらじゃないですか? 顔面で巨岩を砕き、史上最高の剣技を使い、針の穴をも通す魔術の制御ができるんですよ?」
「そう言われてみると、確かに大概人外になったな、俺……」
ミュトスが言う通り、俺はすでに人としての枠を飛び出しているかもしれないと、この時初めて自覚した。
しかし、だからといって、平穏に過ごすという俺の目的が消えてしまったわけではない。
そもそも、神格って言うのが一体どういう物なのか、知らないし。
「ミュトス、この神格っていったいどういうモノなんだ?」
「言うなれば神の能力の一端を得ることができる能力ですね。例えば神罰や呪いといった、負の力の影響を無効化したりとか」
「ほうほう? それは状態異常無効みたいなのとどう違うの?」
「そちらの能力はいわば後付けの能力なので、無効を無効にするみたいな影響を受けちゃうわけです。神格の場合は同格以上の存在でないとその影響自体を無効化しちゃうんですよ」
「……?」
なんだか子供の口喧嘩みたいな理屈を聞かされ、俺は盛大に首を傾げる。
その旨を彼女に告げてみると、更にわかりやすく説明してくれた。
「シノーラさんの言う子供の口喧嘩に例えますと、無効系のタレントは相手に『それ無効』って叫ぶような物です」
「うん、そうだよな?」
「で、神格の場合は、そもそも相手がしゃべることもできなくなるので、無効もクソもないみたいな」
「あー、なんとなくわかったかも。でも女性が『クソ』とか言っちゃいけません」
「こ、これは言葉の綾ですから!」
ひとしきりミュトスをからかってから、彼女の反応を楽しむ。
もっとも、からかった後は大抵手酷い反撃が待っているのだけど。
「そんなことを言うシノーラさんには、きついオシオキが必要ですね!」
「あ、ゴメン。なんでもするから!」
「じゃあ、これを口にしてください」
「これって……闇帝の核?」
「はい。体内に取り込むには、やはり飲み込むのが一番楽かと」
「うんこになって出てきたりしない?」
俺の当然の疑問に、ミュトスはなぜか顔を真っ赤にして黙り込む。
そして無言で俺の口に核を押し付け始めた。
「よせ、やめろ! 危険物を押し付けるな」
「デリカシーの無いことをいう人には、こんなのでも充分です!」
「むぐっ、むががが!?」
飛び掛かってきたミュトスの体重を支えきれず、俺は仰向けに倒れ込む。
その上に馬乗りになって、ミュトスは俺の口に闇帝の核を押し込んできた。
はたから見てると危険な体勢だと思うのだが、ここには見ている者が他にいない。
口の中に、闇帝の核と一緒にミュトスの指がヌルリと滑り込んでくる。
口を閉じると指を噛んでしまうため、俺はなす術もなくその指を受け入れていた。
「むぐーっ、むぐーっ!?」
「うふふ。これはなんだか興奮しますね。男性を押し倒すなんて……ああ、私、今すっごくはしたないです!」
「ふぇんなとふぉろで、ほうふん、ふるなー!」
「シノーラさんの中、あったかいなりィ」
なんだか目がグルグルしてるミュトスは思うままに俺の口内を蹂躙し、結局ごくりと核を飲み込んでしまった。
結果、俺は胃の中の異物感にのたうち回ることとなった。
「う――げえぇぇぇぇぇ!?」
「ハッ!? あ、えっと、辛いと思いますがすぐに馴染みますから、がんばってください!」
ようやくミュトスは俺の状況に気付いたのか、俺の上から飛び退き、背中を支えるように抱き抱える。
俺はビクビクと痙攣を繰り返し、ミュトスの腕の中で暴れ回った。
おそらく彼女が支えてくれなければ、仰け反って背骨を傷めるくらいはしていたかもしれない。
そんな彼女の優しさに感謝しながら、俺は意識を失っていった。
あとで考えてみれば、優しさも何もこの苦行を持ち込んだのは、ミュトス本人だったのだが。
◇◆◇◆◇
ミュトスの腕の中でシノーラが動かなくなった頃合いを見計らって、ゴルドーが姿を現した。
彼はぐったりとしたシノーラの様子を見て、目論見がうまくいったことを悟る。
「どうやら上手く行ったようですな、母上」
「ええ。上手く不老不死と神格を引かせることができました」
シノーラが引いたくじ引きの箱。実はあの中身はすべて同じモノだった。
彼が何を引いても、不老不死の身体と神格を得る予定だったのだ。
こうすることで、自然に彼を神へと昇華させることができる。
「それにしても、母上にしては上手く中身をすり替えたじゃないですか?」
シノーラの顔面に箱を突きつけた時、ミュトスは箱の中身を全て神格のくじへと変化させていた。
正直、そこまでするのなら最初っから押し付ければいいのではないかというミュトスの声もあったのだが、それではシノーラの方が断ってくるかもしれないとゴルドーが主張していた。
そのため、できるだけ自然に、そしてシノーラ自身の選択によって神への道を近付けるため、このような回りくどい手段を取ったのだ。
「なんだか、真実を知られるとシノーラさんに嫌われそうなんですけど、私?」
「なに、その時は私のせいにしておいてくれれば。母上の幸せのためならば、汚れ役の一つや二つ引き受けましょうとも」
「そう言ってくれるのは嬉しいのですけど……」
「いざという時は、エルヴィラに押し付ければよろしい。奴なら喜んでその身を差し出すでしょう」
「うっ、それはそれで後が怖いですよ」
確かにエルヴィラなら、ミュトスのために何でもやるだろうが、その手段の選ばなさがゴルドーの比ではない。
もちろんゴルドーも戦いにおいては手段を択ばないのだが、彼女の場合は日常にもその影響がある。
なので彼女に頼むと、本格的にシノーラに嫌われそうな手段を取りかねなかった。
だからミュトスは、こういった相談にはゴルドーを頼ることにしている。
「まぁいいです。ともあれこれで下準備は完了しました。あとは神に昇格するための試練をクリアすれば……」
「それに関しては、面白い情報がありましたぞ」
そう言うとゴルドーは、ミュトスにいくつかの情報を提供した。
それは彼女をして驚愕するほどの情報だったのだが、シノーラには知る由も無かったのである。
◇◆◇◆◇
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