第62話 危険物の保管場所

 今回、敵は傭兵ギルドに傭兵たちを監禁している兵士たち。

 領主であるリチャード救出と決定的に違うのは、内部にいる傭兵たちが自分の意思で戦えるという点だ。

 俺たちは正面から兵士たちを掻き乱し、傭兵たちが抵抗する隙を作ってやるだけでいい。

 俺は腰の神剣に手をかけ、横を歩くセラスに声をかける。


「行く――」


 ――ぞ、と言い終わる前に、眼前の光景が白く染まった。

 一瞬の眩暈と幻惑。視界を失ったのは一秒にも満たないだろう。

 再び周囲を認識した時には、いつもの空間に転移させられていた。


「……あの、ミュトス?」


 俺の目の前には、ふくれっ面をしたミュトスが立ちはだかっていた。

 ともかく今回の転移は、色々とわけが分からない。


「別に、俺は危機とかそんなことはなかったはずなんだけど……?」

「それについてはこちらの思惑のような物があって、申し訳ありませんが、それで呼ばせていただきました」

「あ、そうなんだ?」


 それはそれとして、なぜ不機嫌なのか? それが知りたい。

 何しろ、その内容次第では、この後の特訓内容の過酷さが変わるだろうから。


「その、なんで不機嫌なの?」

「いえ、理性では分かっていても納得できなくて不機嫌になっているだけです」

「ああ、そう……」

「このストレスはシノーラさんにぶつけて発散しようと思います」

「理不尽!」


 どうやら今回の突入、セラスをパートナーに選んだことを不満に思っているようだが、こればっかりは納得してもらうしかない。

 斬り合いの中にミュトスを連れていくのは、さすがに怖すぎる。

 今回に限っては、セラスですら心配なのだから。


「ゴホン。今回お呼びしたのは、少し別の話になるのですよ」

「というと?」

「シノーラさんの耐久性に関する話です」

「俺の耐久性って、頑強のタレントのことか?」

「いえ、それとは別です」


 その後聞いたミュトスの言葉では、俺は頑強があっても不死身ではない。

 怪我をすれば死ぬ可能性だってある。

 それを回避するためにミュトスの特訓があるわけだが、頑丈なだけでは避けられない攻撃などもあるらしい。

 今回の召還はそれらを回避するために特殊な特訓を行うための物だそうだ。


「でも、特殊って?」

「はい。実をいうと……それだけが理由ではなくてですね」


 ミュトスは指を突き合わせてこねるように動かす。これは彼女が、言いにくいことを言おうとしている時の癖だ。


「外部からの物理的、お呼び魔法的干渉を遮断するためには、大きな力が必要となります」

「ふむふむ?」

「今までのシノーラさんには、魔力だけしかなかったわけで、それを行う力がやや不足していました」

「ふむふむ?」

「ところがこのタイミングで、それらを補うちょうどいい物が手に入りまして」

「ふむ?」

「それがこちら。闇帝の核になります」

「ちょっと待てぇ!?」


 放っておくと周囲の魔力を吸収して闇帝になってしまう、ヤバい石じゃねぇか。

 できるならそんな物に関わりたくはない。


「そう言わないでくださいよ。この核を安全な場所に保管するにはどうしたらいいかってさんざん悩んだんですよ」

「それで、その核を保管するのに、どういう結果を出したんだよ?」

「耐性を持つシノーラさんに埋め込んじゃえと……」

「よし分かった、一発殴らせろ」

「……ゴルドーが言っていました!」

「師匠、出てこいやぁ!?」


 あまりにも無体な提案に、俺は思わず師匠に向けて怒声を響かせた。

 それが聞こえていたのかどうか分からないが、俺の目の前にひらひらと一枚の紙が舞い降りてくる。

 現世では貴重な紙だが、この世界ではそうでもないのだろう。

 俺はその紙を手に取り、文面を読み上げる。


『嘘です、母上の提案です』


 ちらりと俺はミュトスの方を窺う。ミュトスも紙に何が書かれていたのか理解したのか、同時に視線を逸らす。

 その頬に一筋の冷や汗が流れるのを、俺は見逃さなかった。


「ミュートース~?」

「いや、誤解なんです! この核の処理を考えた際に一番安全なところはと考えたら、シノーラさんの顔が浮かんだだけで!」

「信頼してくれるのはありがたいが、俺も無駄な危険は冒したくないんだ」

「ううっ、もちろんその気持ちもわかりますが、この核は元々あの世界に存在する物質なので、いつまでも神界に置いておけないんですよ」

「でも今はミュトスが管理しているんだろ? そのミュトスがあの世界にいるんだから、問題ないんじゃないか?」

「こと、あの世界に関して言えば、私よりシノーラさんの方が頑強で戦闘力もあって安心なんですよ」


 確かに体力のないミュトスよりも、俺の方が肉体的には強いだろう。

 それを知っていたとしても、こんな危険物を持ちたくないという気持ちには変わらない。

 しかししょんぼりと項垂れるミュトスを見ると、その心が揺らぐのは確かだ。


「しょぼーん」

「口に出すな」

「そうだ、これを封じてもらえるなら、代償扱いにしてオマケでタレントを一つ追加して差し上げますよ!」

「でもなぁ……」

「お願いしますよぉ」

「そう言われましても」


 涙目の上目遣いでこちらを見つめるミュトス。その姿は創造神というより、父親におねだりする娘のようにも見える。

 そんな姿では、さすがに邪険に扱うのは心苦しくなってしまう。

 これが計算だとすれば、さすが神様と感嘆するしかないだろう。


「ああ、もう……じゃあタレント二つだ」

「引き受けてくれますか!」

「そんな態度を取られたら、引き受けるしかないだろ。どんなタレントをくれるんだ?」

「それならここに!」


 そう口にしたミュトスの手の中には、なぜか穴の開いた箱があった。

 穴の部分にはゴムが張っており、切り込みが入っていて中に手を突っ込めるようになっている。

 つまり、くじ引きの箱だ。


「おい……」

「いろいろ考えたのですが、私単独では決めきれませんでした。いっそのことシノーラさんの運に任せてしまおうかと」

「俺、悪運のタレント持ってるんだけど?」

「ほら、マイナス×マイナスはプラスになるといいますし?」

「そこで首を傾げるなよ」

「少なくともこの中には、不利益を受けるようなタレントを入れていませんから、その点はご安心を」


 彼女のことだから、悪意ある選択肢は残していないはずだ。

 その点だけは信頼できるので、俺は覚悟を決めることにした。


「それじゃ――」


 俺は一言そう前置きして、箱の中に手を突っ込み、紙片を一つ取り出したのだった。

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