第61話 傭兵ギルドの秘密

 人目を忍びながら、俺たちは傭兵ギルドへ向かっていた。

 その道中、やはり沈黙に耐えられなくなり、エリンが俺たちに話しかけてくる。

 この緊張感を受け続けるというのは、一般人の彼からすると荷が重いのだろう。


「しかしリチャード様、彼らはなぜ、ここを押さえようとしたのでしょう?」

「……確かに。この町は中継点ではありますが、要所というわけではありません。王都に向かう道は他にもあるはず」

「他の町が押さえられたという話は、私も聞いておりませんね」

「一つ……この町が狙われた理由というモノに、心当たりがあります」

「な、なんですか!」


 リチャードは、少し言いにくそうにしながらも、秘密があると打ち明けてきた。

 しかしそれを、エリンはともかく俺が聞いてもいいのだろうか?

 これを聞くことで余計なトラブルに巻き込まれないか、少し心配になる。


「あの、それ僕が聞いてもいいもんですかね?」

「本来なら外部に聞かせるのは前代未聞なのですが、あなた方は恩人ですので」

「なんとなく、聞きたくない気が……」


 リチャードの言葉に、今後何かあれば手を貸してくれという下心が見えた気がして、俺は少し腰が引けた。

 しかしエリンは、この話に乗り気になったようだ。


「それで、秘密とは?」

「はい、実はこの町の地下に、転移魔法の実験場があったのです」

「ほぅ!?」


 この言葉に食いついたのは、やはりエリン。

 転移魔法が使えるとなれば、商品の輸送についての負担も、大きく減らすことができる。

 俺はちらりとミュトスに視線を向けると、彼女は小さく首を振った。

 知らないか、転移魔法が失敗したか、どちらにせよ封印されるだけのことがあったと思われる。


「ところがそう上手い話にはならなかったのですよ。実験は失敗しました」

「それは残念ですね……ええ、心の底から」

「ハハハ、エリンさんは商人ですからね。その辺りの実装は心待ちでしょうとも」


 エリンの落胆振りに、リチャードの緊張も少し解れたのか、笑顔が漏れ始める。

 その笑顔にミュトスが手をワキワキしだしたので、これを制しておいた。


「しかし失敗とは……」

「いえ、成功の一歩手前までは行ったらしいのです。ただ生物を送ろうとすると、どろどろの粘液になってしまうらしく」

「うげ……」


 俺はその光景を想像し、思わず口元を押さえた。

 そう言えば古いアニメに、そんな感じのSFアニメがあった気がする。


「非常に危険な代物で、町の出入りの管理にも問題が出たため、その研究は閉鎖されたと聞きます」

「なるほど」

「ちなみにその研究施設の入り口が、傭兵ギルドの下にあるんですよ」

「ハァ!?」


 エリンが驚愕の声を上げ、足を止める。これには俺も、彼と同じ心境だった。

 この秘密は強いて言えば、この町のトップシークレット。

 その入り口が、傭兵ギルドの地下にあるというのが問題だ。


 領主は、この町の兵士に指示を出せる、いわば最高権力者だ。

 そして傭兵ギルドは、金次第で戦力を貸し出せる自由戦力。

 この二つの戦力は、時に対立しあうことすらある。

 いわばライバルとも言える本拠地に、この町の秘密が埋もれているなど、誰が考えられようか。


「ん?」


 そこで俺は一つの疑問に辿り着く。

 辺境の村と王都で同時に起こったトラブル。そして一週間が経ってこの町で起きた叛乱。

 時間的に、叛乱の両端がほぼ同時に行われたのは、この町の転移装置があるからではなかろうか、と。


「リチャード様、ひょっとしてその転移装置って完成しているんじゃ?」

「いえ、それはありませんよ、シノーラさん。私が領地を継ぐときに、その機能が無いことは確認しました」

「ま、まさか人で実験を……」

「しませんよ! まぁ、牛一頭に犠牲になってもらいましたが」

「それは可哀想な」

「しかたありません。実際に目にしないと、信じられませんでしたので」


 最初に叛乱を起こすのは、タイミングさえ合わせれば可能になる。

 この町を狙ったのは、その後両端の連絡を取るためか。

 しかし生物の転移ができないのでは、そもそも伝令を飛ばせない……


「いや、伝令を飛ばす必要なんてないんだ」

「え?」

「生物がドロドロに溶けてしまうなら、生物を送らなければいい。ぶっちゃけてしまえば書状の一つで問題ない」

「書状……確かにそれだけなら、溶けはしないですね」

「情報の伝達だけなら、それで事足ります」


 その発想になぜ至らなかったのか、と考えなくもないが、この世界の住人はあまり発想の展開が得意ではないようだ。

 いや、そこまで文明が発達していないと言った方がいいか。

 半端に便利な魔法があるおかげで、工夫するという思考が減衰しているのだろう。

 レンズの開発が遅れていたのも、その影響があるのかもしれない。

 この世界の法則に適合するものが生き残り、そうでないセラスのような者たちは切り捨てられる。

 世界の在り様としては、正しいのかもしれない。


「だけど工夫が無い世界は進化を止めてしまいます」

「そうだなぁ」

「その点、シノーラさんには期待していますよ?」

「いくらなんでも期待し過ぎ」


 なにせ俺はそんな大した人間じゃない。ただの高校生で、しかもあまりにもドジな死に様を晒した人間だ。

 世界の発展に寄与するとか、そういうのは難しいだろう。


「なんだか難しい話をしているけど、もうすぐ傭兵ギルドだぞ?」

「あ、スマン」


 セラスが妙に大人しいと思っていたら、どうやら彼女は話についてこれなかっただけらしい。

 もっともそのおかげで、周囲の警戒も怠らず、迷うこともなく一直線に傭兵ギルドに到着できた。

 ミュトスは大雑把な性格なので、警戒とかはほとんどできないだろう。

 他の三人は少しばかり話にのめり込んでいたので、これまた周囲の警戒が滞っていた。


「さて、それではどうやってあの施設を解放するべきか」


 傭兵ギルドの建物は、周囲を兵士に囲まれており、侵入するのは少しばかり難しい状況だった。

 外側だけであれでは、内部はもっと人員が割かれている可能性がある。

 領主館のように、俺一人が単独でどうにかできるかといえば、できなくはない。

 しかしそれをしてしまえば……


「……今さらか」


 すでに領主の屋敷で大暴れしている。

 全滅させたはずなので目撃者は残っていないだろうけど、その痕跡は残っている。

 ことが済めば領主の館は調べられ、そこで何が起きたか、表に出るだろう。

 俺が無双したことが知られれば、その後は力を求める者が取り込もうと動くはずだ。

 それはリチャードですら、例外ではない。


「しかたない」

「え、どうかしましたか、シノーラさん?」


 疑問を浮かべるエリンに、俺は軽く手を振って答える。


「俺が斬り込んでくる。セラスはサポート、ミュトスは二人の護衛を頼む」

「反対です! そこは私がサポートであるべきでは?」

「敵陣に斬り込むんだぞ? 近接で戦えない奴はむしろ危険だ」

「うっ、確かに私は格闘とかできませんけど……」

「セラスなら、自分の身くらいは自分で守ってくれる。それにこの二人を守ることは、今回何よりも重要だ」


 大義名分の体現者であるリチャードと、傭兵を雇う資金を握っているエリン。

 この二人がいなければ、例え傭兵ギルドを解放できたとしても、戦力をまとめることができない。

 二人を守るのは、斬り込む俺よりも遥かに重要な役回りである。


「よし、それじゃ行くか」

「まかせろ」


 薄い胸をドンと叩いて、セラスが受け負う。

 その胸が全く揺れなかったことに、俺は一抹の無常観を覚えていた。

 そういえばこういう展開の時って、普通は結構豊満な女性キャラがサポートしてくれるモノじゃなかったかなぁ?

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