第60話 更なる標的

 人通りがめっきり減って、兵士の姿しか見受けられなくなった街路を、俺とミュトスは隠れながら宿へと戻った。

 外回りを担当させられる兵士の目をごまかすくらい、俺とミュトスなら何の問題も無い。

 何度か路地に身を潜めたり、壁をよじ登ったりしているうちに、宿屋へと帰還を果たす。

 しかし、いくら狭い路地とはいえ、抱き着くようにして隠れるミュトスは、少々慎みが無いのではなかろうか?

 これはセラス共々、注意しておかねばなるまい。セラスも、いまだ発達が幼いので問題は無いのだが、無駄に接触が多いのが気になっていたから。


 そんなことを考えながらも、無事宿屋へと戻ってこれた。

 扉を前もって決めておいた合図通りにノックし、最後に自分の声で中のセラスたちに存在を知らせる。


「俺だ、シノーラ」

「ミュトスです」


 そう声をかけた直後、扉が勢いよく開いて、俺の顔面を強打する。


「ぶぁっ!?」

「おかえり、シノーラ! おまけでミュトスも」

「誰がオマケですか」


 さらっと毒を吐くセラスに、ミュトスは憮然とした表情で言葉を返す。

 俺も普通なら鼻血が出るほど顔面を強打したが、幸い頑強スキルのおかげで被害はない。


「いいから、中に入れてくれ。見られるとまずいんだろ」

「そうだった!」


 俺たちを中に招き入れ、いそいそと扉に鍵をかけるセラス。

 その甲斐甲斐しい仕草には、どこか子犬のような印象を受けた。

 ともあれ、今はエリンに話を通さないといけない。


「おかえりなさい、シノーラさん。その様子ですと――」

「エリンさん、ストップ。少し待ってください」


 一応この部屋は安全なようだけど、周囲の壁に聞き耳を立てている輩もいるかもしれない。

 なのでまずは探査サーチの魔法で周辺に聞き耳を立てている者がいないか、調べる必要があった。

 手早く魔法を起動させ、そういったものがいないのを確認すると、ミュトスに小さく頷いて合図を送る。


「潜入は成功しました。資金に関してもこれこの通り」


 ミュトスが前に手をかざすと、そこに金貨の山がどっさりと出現した。

 その山は部屋の半分を埋めるほど大量で、あの金庫の半分くらいは埋まっていたんじゃなかろうかと推測できる。


「これは……いや、驚きました」

「商業ギルドは、意外と溜め込んでいたんですねぇ。ひょっとして脱税とかもやっていたのかも」


 領主のリチャードも、その量に呆れた声を返す。

 それはいいのだが、ここでそう言う怖い話はしないでほしい。俺は巻き込まれたくない。

 不穏なことを聞いて戦慄していた俺に、ミュトスはこっそり近付いて耳打ちする。


「ちなみにこれ、複製品ですから」

「ハ?」

「鍵穴を埋める時にちょこっと複製しちゃいました。てへ」

「こっそり贋金作ってるんじゃないよ!?」

「失礼な。私が作るモノですよ? 本物と全く同じに決まってるじゃないですか」

「そりゃそうだろうけどよ」


 金貨の流通量ってもんがあるだろう。いきなり大量の金貨が世に出回れば、価値が下がってインフレになってしまう危険がある。

 その辺りの問題については、ミュトスは非常に無頓着そうだった。


「元の金貨は金庫の中か?」

「いえ、私のインベントリーの中です。これで将来は安泰ですね」

「どう考えても危険な金を抱え込んで怯えて過ごす未来しか見えない……」


 なんというか、宝くじの一等を当ててしまった気分? 嬉しいというより怖いが先に立つ。


「ミュトス、何を話しているんだ?」

「ええ。シノーラさんと私の将来について少し」

「なんだと! ちなみにそこに私は?」

「いないに決まってるじゃないですか」

「そんな未来は許さん!」

「なんでセラスさんに許される必要が?」

「お前ら、その辺にしとけ」


 ミュトスがまたセラスいじりを始めたので、とりあえず警告だけしておく。

 俺が多少口を出したところで、止まる二人ではない。

 それに二人とも、なんだかんだで良識があるため、悪ノリし過ぎたら自分からきちんと止めてくれる。


「それより、次は傭兵ギルドへ向かいませんと」

「そうですね。しかも今度は大義を示すためにリチャード様にも同行していただかないといけません」

「となると、全員で行った方がいいよな?」

「ええ。戦力的に、セラスさんにも来てもらわないと」

「俺も魔力量は多いので、一緒に行きますよ」


 エリンもセラスも、俺がまだ戦えることは知らない。

 しかし俺の魔力量が多いことは、セラスはすでに知っている。

 だからそれを理由に、俺も同行を申し出た。


「そうしていただけると助かります。シノーラさんの収納魔法は、使いどころが多いですから」


 そうして俺たち全員で傭兵ギルドに向かおうとした時、リチャードさんの尻尾を小さなレッサーパンダが引っ張った。


「パパァ……」

「ああ、ごめんね、トーマス。すぐ帰ってくるから、お留守番をお願い」

「でも――」

「トーマス、しっかりしなさい。お前がママを守らないで、誰が守るんだ」

「――っ!?」

「ママを任せても、大丈夫だよね?」

「……うん」

「いい子だ」


 父と子の感動のシーン……のはずなのだが、互いに直立したレッサーパンダなので、どうにも緊迫感が沸いてこない。

 しかしまぁ、ここでそれを口にするのが無粋であることくらいは分かる。

 ミュトスなど、どこからかハンカチを取り出して、目元を押さえていたりする。


「今回は戦力の都合上、皆で向かわないといけません。奥方様はご不安でしょうが、今しばらく耐えていただきたく存じます」

「承知しておりますわ。皆様のご武運をお祈りしております」

「はい。では行ってまいりましょう」


 もはやすっかりと俺たちのリーダーと化したエリンさんの言葉に、俺たちは部屋を出る。

 その前にエリンとリチャードに、布袋をかぶせておくのも忘れない。

 これはミュトスが顔を隠すのに使ったものと同じ構造で、目のところにだけ穴をあけている。


「うぅ、これは少し……いや、かなり間抜けな格好ですね」

「言わないでください。私も通った道です」

「ミュトスさん……その、シノーラさんのセンスには少しばかり物申したい気分になりました」

「それは私もですが、今は先を急ぎましょう」


 なんだか変なところで意気投合したミュトスたちの背中を押して、俺たちは宿を出たのだった。

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