第59話 ポンコツな怪盗たち

 大抵、人間というモノは偉くなれば高い場所に暮らしたくなる。

 これは潜在意識化にある優越感の具現とも言われているが、正確なところは俺には分からない。

 そして大事な物は一番上か一番下の保存しようとするのも、また真理である。

 この世界でも、金庫は地下室か、この最上階にあるとみて、間違いは無いだろう。


「で、この世界の技術力だと、地下室を作るのはかなりの作業になるはずなんだ」

「ふむふむ?」


 俺がそうミュトスに説明すると、彼女は興味深げに頷いていた。


「町中で地下階を作るとなると、かなりの大工事になるはずだ。エリンの説明でも、地下の話はなかった。だからこの一番上に金庫があるとみて間違いない」

「ですが傭兵ギルドでは地下室があるらしいですよ?」

「そうなのか? まぁでも、地下を作る工事をこっそりと行うなんてのは、相当に難しいはずだ。掘り出す土砂の問題とかもあるし。だから少なくとも、商業ギルドには地下は無いと思う」

「なかなか考えてますね。まぁ、私は場所知ってますけど」

「先に言えよ!?」


 考えてみれば、ミュトスは知識も反則級の存在だ。

 エリンの地図の話をされなくても、彼女ならこの建物の構造を知っていただろう。


「ちなみに場所は?」

「ここから三部屋右隣りになります」

「よし、行こう」


 場所さえ分かれば、長居は無用だ。

 俺たちはそっと扉を少しだけ開け、その隙間から廊下の様子を窺う。

 腕一本程度の隙間から見える廊下には、人影は見当たらない。

 反対側は扉の陰になって見えないが、扉が動いても反応が無いところを見ると、誰もいないと推測できる。

 念のため、探査サーチの魔法を使用してみたが、反応は無かった。


「よし、今なら大丈夫」


 最上階であり、周囲に建物が無い立地。

 この状況なら最上階に侵入者が来るとは、あまり考えられない。

 地球ならいくらでも『上から侵入』する手段はあるが、文明があまり進んでいないこの世界なら、その手段は限られている。

 見回りがあまりいないのも、納得だった。


 それでも警戒を切らすことなく、廊下に出る。

 ミュトスの特訓ではあちこちに罠が設置されていたので、油断はできない。

 もっとも、自分の仕事場に罠を仕掛けるものなどいないだろうから、これは杞憂と思われた。


 足音を忍ばせ、三つ隣の部屋に潜り込む。

 そこはこの商業ギルドでも珍しい、窓の無い密室になっていた。

 出入口は扉だけ。その部屋で、壁に埋め込まれている鉄製の箱を発見した。

 大きさは天井に届くほどの巨大さで、左右も二メートル近くある。

 扉には南京錠が三つ取り付けられており、厳重に施錠されていた。


「しかし……なんで南京錠?」

「この世界にはまだダイヤル錠とかありませんから」

「ああ、それで」


 そもそも扉に鍵を埋め込むという発想にも、まだ至っていないのだろう。


「それにしてもでっかいな。それだけ富を集めているってことか?」

「それもありますが、小さいと収納魔法で盗まれやすいですからね。このサイズを収納できる人間は、そうはいません」

「ああ、なるほど」


 普通の人間の収納魔法は、小さなタンス一つ程度だ。

 ここまで大きい物は、普通なら収納できない。

 しかし俺やミュトスは、このサイズだろうと問題なく収納できる。

 だからこそ、エリンも俺に金庫の奪取を依頼したのだろう。


「俺なら、金庫を開けなくとも丸ごと『収納』できるもんな」

「その通りですね」


 いうが早いか、ミュトスが金庫を『収納』した。

 その淀みのない動きに、俺は一瞬呆気にとられた。


「いや、エリンから許可をもらっているとはいえ、ためらわないな」

「私がためらう理由がありませんので」

「まぁ、神様だもんな」


 彼女がその気になれば、あの金庫の中身も『創り出す』事が可能なのだろう。

 ならばためらう理由なんて……


「ん、創れる?」

「なにがです?」

「一つ聞くけど、ミュトスって金庫の中身を複製することってできるよな?」

「もちろんできますよ。私、創世神ですもの」

「じゃあ、わざわざここに乗り込まなくても、複製すればよかったんじゃ?」

「…………」


 俺が指摘すると、ミュトスはプイッと視線を逸らせた。

 少しばかり顔が赤いのが、薄暗い室内で見て取れる。


「さてはミュトス……」

「ち、違いますよ? 私は別に、シノーラさんと二人っきりで冒険できるならとか、そんなことは――」

「……複製すればいいって、思いつかなかったんだな?」

「え?」


 ミュトスの能力を考えれば、ここまで忍び込む労力は、はっきり言って無駄だ。

 だというのに、彼女はその提案を一切せず、わざわざ俺と一緒に侵入してきた。

 その理由として考えられるのは、たった一つ。彼女がうっかりしていた可能性だけだ。


「まったく、ミュトスは神様のくせにうっかりして――いてっ」


 俺が彼女のミスをあげつらうと、ふくれっ面で俺の足を蹴飛ばしてきた。

 その攻撃は的確に弁慶の泣き所を蹴り抜いており、頑強のスキルを持つ俺でも、少しだけ痛みを感じていた。


「バカなこと言っていないで、帰りますよ?」

「お、おう」


 急に不機嫌になったミュトスは、そう告げるなり腕を一振りする。

 すると、部屋の中には収納したはずの金庫が再び出現していた。


「おい、金庫を置いてくつもりか?」

「まさか。私の収納能力はシノーラさんのそれと大して変わりませんよ。外側だけ置いて行けば、しばらくはごまかせるじゃないですか」


 そう言われて、俺はサベージボアを部位ごとに取り出せたことを思い出していた。

 確かにあの能力を使えば、外側の金庫だけを取り出し、中身をインベントリー内に残すことは可能だ。


「ついでに、鍵も壊せないように強化しちゃいましょう」


 いうが早いか、ミュトスはさらに鍵を一撫でする。

 それだけで鍵穴が塞がれてしまった。


「シノーラさん、強化付与の魔法、試してみますか? セラスさんの眼鏡にかける予定なのでしょう?」

「ああ、そういえば、まだ使ったことなかったな」


 俺は魔法神エルヴィラからも、魔法の手ほどきを受けている。

 その結果、物質を強化する強化付与の魔法も、修得していた。

 つまり、セラスの眼鏡のために王都に向かうという目的は、半ば無実化している。

 道中でセラスの眼鏡が壊れると、作り直すのが面倒になるため、こっそり強化しておこうと考えていた。

 向こうに着いてから、これまたこっそりと解呪しておけば、問題は無いだろう。


「練習代わりにちょうどいいか。少し変わってくれ」


 鍵の前に陣取っていたミュトスと入れ替わり、俺は魔法を起動させて、鍵の強度を強化した。

 これでこの南京錠は、鍵穴を埋められ、しかも鉄よりも遥かに硬い物質と化したわけだ。

 これをこじ開けるとなると、かなりの労力が予想される。中身が空だと判明するまで、しばしの時間を稼げるだろう。


「これならしばらくは大丈夫そうですね。あとはここの連中が中身が空だと気付く前に傭兵ギルドの方を解放しちゃえば、どうとでもなります」

「それは分かるが、悪い顔してるなぁ」


 クフフと含み笑いを漏らすミュトスは、ちょっと人様には見せられないほど意地悪い顔をしていた。

 これが慈悲深いと評判の創世神ミュトスと聞かれたら、みんな絶対違うと思われるはずだ。


「それじゃ、さっそく帰りましょう」

「おう……ってそっちは壁だぞ?」

「わざわざ廊下に出なくても、壁なんて壊せばいいんですよ?」


 その次の瞬間には、壁には丸い穴が開いていた。

 一メートルほどの、人が一人潜れる程度の大きさの穴。

 壊されたわけではなく、いきなり物質が消失したかのような現象だった。

 ミュトスはひょいと外に身を躍らせると、再び壁に足を着けて立っていた。

 いつの間に魔法を起動したのかと思いはしたが、彼女に常識は一切通用しないことを思い出す。

 俺も脱出すべく壁に身を乗り出して、ふと気付いた。


 ミュトスは壁に立っており、俺は壁から身を乗り出す。

 その体勢は、言うなれば、ミュトスを下から見上げる体勢でもあった。

 そして彼女は、まだ姿隠しコンシールの魔法を使用していない。


「キャ――」


 思わず悲鳴を上げかけ、ミュトスは慌てて口元を塞ぐ。

 同時に、俺の顔に向けて、またしても足を振り上げたのだった。

 まぁ、眼福だったので、この仕打ちは甘んじて受けるとしよう。

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