第57話 次の標的
狭い室内に六人が集まり、小さなテーブルを囲む。
元々二人用の部屋だったので、息苦しさを感じるくらいだ。
とりあえず、話題に関わらなさそうな奥方とご子息には、ベッドの上に避難してもらった。
四人なら、この小さなテーブルでもなんとか囲むことができる。
「さて、まずはリチャード様を救出したことで、こちらに大義名分ができましたね」
「戦力はこれだけしかいませんけど」
「そこはこれからですよ。シノーラさん、戦いに勝つには、何が必要だと思います?」
唐突に問題を出すエリンに、セラスが首をひねる。
ミュトスはいつものようにニコニコして座っているだけだ。きっと考えていない。
「んーっと、知恵と勇気と努力、とか?」
「違うよセラス。金と人と大義名分、かな」
「よくご存じで。金が無ければ人が集められないし、養っていけない。人がいなければ戦いにすらならない。名分が無ければ、集まった人はいずれ散っていくでしょう」
「リチャードさんを奪還したことで、俺たちは名分を手に入れました」
つまりエリンは、これで堂々と人が集められると言っている。
確かに旗印になる人物がいなければ、俺たちはただの力を持った不満やの集団に過ぎない。
「次は金を集めましょう。まずは商業ギルドの奪還を目指したいのですが」
「エリン殿、それは少し難しいのでは? この町の商業ギルドは堅牢だ。金に飽かせて、防備を固めていたのだから」
「ほほぅ? なのにあっさりと制圧されたのですか?」
「おそらく、中に手引するものが潜んでいたのだろう。どのような砦も、内側からなら簡単に落ちるモノだ」
椅子に座って知的な会話に参加するレッサーパンダ。もといリチャード。
その姿は椅子に座る動物そのもので、足が床についていない。
プラプラと揺れる足と尻尾が、微妙にぷりちーである。
そんな彼に、ミュトスの視線は釘付けだ。少しイラッとする。
「ミュトス、話に集中してよ」
「おっと、いけません。ついふさふさの尻尾に夢中になっていました」
ミュトスの言葉を聞いて、リチャードはババッと尻尾を抱え込む。
どうやら捕まって頬擦りされ続けたことがトラウマになっているらしい。
俺だったらデレデレになるんだけどな。
「そういえば、シノーラさんたちはどうやって屋敷内に侵入したんです?」
「えっと、塀を乗り越えて……運よく兵士には見つからなくて」
まさか神様に構造を教えてもらって、特訓してから侵入しましたとは言えない。
俺はあくまで、偶然を装って、そう答えた。
いずれは俺の実力もバレるだろうけど、それもこの町を出るまで誤魔化せればいい。
「商業ギルドの構造については、私も知っています。ですが奪還するにしても戦力が無いのが問題ですね」
「先に傭兵ギルドにしますか?」
俺の言葉に、エリンはこれも難しい表情で首を傾げた。
「それも難しいかと。彼らなら隙を作れば自分たちの力で脱出できるでしょうが、その後で雇う資金がありません」
「この状況だと協力してくれませんかね?」
「命を張る彼らが無料で?」
「……難しいですね」
ただで戦場に出ろとは、とても言えない。相手は少なくとも、訓練された兵士なのだから。
報酬もなく命を賭けろというのは、無茶振りもいいところだろう。
「救出した後、思い思いの方角に散った彼らを再び雇い直すのは、少し難しいです。雇うならその場で、勢いに任せた方が得策でしょう」
解放後の勢いと、監禁された恨みが募っている時なら、安く雇える。
それらは傭兵たちのモチベーションにもなり、さらなる戦力アップが見込める。そう判断している。俺もその考えには賛成だった。
「シノーラさんは、隠密行動も可能な様子。そして収納魔法の容量も多い。最悪商業ギルドからお金だけでも持ち出せれば、傭兵を雇うこともできるのですが……」
そう言いつつ、こちらをちらりと流し見るエリン。
その視線は明らかに、俺に行ってきてくれと要求していた。
本当なら断って、先に進みたい所ではあるが、ここまで関わっておいて放置もできない。
「わかりました。でも無理はしませんからね? ダメそうなら早々に引き返します」
「ええ、もちろんです! シノーラさんも我々の大事な協力者ですから」
「エリンさん、なんだか楽しくなってないです?」
満面の笑みを浮かべ、俺に握手を求めてくるエリンに、俺は藪睨みの視線を返す。
彼の表情は、まるで商談をまとめる時のように、楽しげに輝いていたからだ。
あの後、エリンには貴重な紙を使って地図を書いてもらった。
紙は契約用に使うため、持ち歩いていた物だそうだ。
通常なら木の札を使った木簡などで代用するのだが、今回は携帯性を優先せざるを得ないため、供出してもらった。
「それにしても、また付いてくるのか?」
「もちろんです。私とシノーラさんは一心同体ですから」
そして泣く泣くセラスには残ってもらうことになった。
これはエリンやリチャードたちの安全のため、しかたない選択だ。
戦える彼女がいないと、エリンたちが逃げ延びる時間すら稼げない。
「セラスさん、悔しそうでしたねぇ」
「お前もそうやってセラスをからかうの、やめてやれよ」
「いえいえ、からかってなんか。それに彼女は、私のライバルですし?」
世界の創造神が一人の小娘をライバル視するとは……大人げないとはこのことだ。
とはいえ、俺がそれを口にしたところで、反省するミュトスではない。
セラスとも決して仲が悪いわけではなく、何かにつけて対抗心を燃やしているだけなので、あまり強くも言えない状況だった。
俺たちは商業ギルドのそばまで来ると、奥まった路地に身を隠し、地図を広げて再確認する。
「裏口と正面玄関。どちらも見張りがついてるよな?」
「当然でしょうね。おそらくは一階の窓のある部屋も対応されているのでは?」
「だよなぁ。壁を斬り抜くとか、ダメかな?」
「今のシノーラさんなら可能でしょうけど……」
そこでミュトスは小首を傾げ、思案する。
ほんの数秒考えた後、俺の提案を却下した。
「中に何人いるか、どこに配置されているか分からない状況では、やめた方がいいでしょう」
「どこに人がいるかは、
「それ、人がいるのが分かるだけで、職員と兵士の見分けが付かないですよね?」
「ああ、そうだった……」
商業ギルドは多くの職員と商人が出入りする場所だ。
それ故に派遣されている兵士の数は、おそらく屋敷より多いだろう。
「だけどこういう時って、職員は一か所に集められるものじゃないか?」
「そうですね。自由に動いている者がいれば、それは兵士と判断してもよいでしょう。いっそのこと特訓します?」
「うっ!?」
つい先刻、雲の世界でミュトスとやったかくれんぼが脳裏に浮かぶ。
場所を変えてもう一度というのは、正直言ってかなり飽きる。
それに彼女が仕掛けるトラップは、妙に心に刺さるものが多かった。
「それはまたの機会で。これくらいなら、強行突破でもなんとかなるだろ」
「人質の安全も考えませんと」
「目的は金だよ。いっそ金だけを持ち出すことに主眼を置けばどうだろう?」
「ふむ? 確かに人質とお金を同じ場所でっていう話はあまり聞きませんね」
「それに金庫とかは、たいてい人の出入りがない場所に設置されているものだし」
「人質は後回しですか。まぁそれも悪くないですね。ならその手で行きましょうか」
捕まっている職員や商人には悪いが、彼らのことは後回しにさせてもらおう。
そう決断し、俺たちは次の計画に移行したのだった。
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