第56話 予想外の出会い
領主の屋敷に立て籠もっていた叛乱軍は、俺自身の手で瞬く間に駆逐された。
初めて人を斬ったことが、いいしれない不快感をもたらすが、それをグッと飲み下して屋敷を出る。
別に、手足を斬って身動き取れなくするだけでも良かったかもしれないが、ゴルドー師匠からは口を酸っぱくして『ためらうな』と教え込まれていた。
もし、生かしていた場合、思いもよらぬ反撃を受けた可能性だってあった。
なので俺は、容赦なく相手を斬り捨てた。この世界は命が軽いのだから、ためらってはいけない。
あの後、ミュトスは領主の家族を確保した後、セラスの部屋へと避難することになっていた。
そこに行けば、エリンもいるので今後の対策が立てやすくなるはずだ。
俺もそこへ、一刻も早く合流する必要がある。
「それにしても、獣人かぁ」
この世界で出会った者たちは、基本的にあまり多くない。
特に人の少ない辺境の村では、人間以外の異種族は目にしたことが無かった。
「まぁ、グラントも獣人っちゃ獣人なんだけどな」
見た目熊のようなグラントに、失礼な感想を漏らしつつ、いくつかの部屋の扉を開き、目当ての部屋を発見した。
元々着ていた服は、返り血ですでに見る影もないほど汚れ切っていた。
しかしここは領主の屋敷。使用人の服や作業着など、着替えになりそうなものは結構残されている。
生きている者が誰もいなくなった屋敷で独り言をこぼしながら、俺はそこにあった作業用の作業服に着替え、そそくさと屋敷を後にした。
叛乱の話が広がりつつあるのか、街路からは人影がほとんど消えつつあった。
俺が領主の屋敷を制圧したとはいえ、この町に存在する反乱軍は、まだまだ多い。
特に、傭兵ギルドや猟師ギルドという戦力になりそうな場所は、より多くの兵が送られているはずだった。
「それにしても、いまだに叛乱軍の声明が出ないってのは、少しおかしいな」
こういった行動を行った場合、目的の場所を制圧したらすぐさま声明を出し、自分たちの存在を主張しつつ、市民の動きをけん制するのが定石のはず。
その動きが無いということは……
「ひょっとして、意外と奇襲の効果が大きかったのかもな」
とはいえ、今の段階で妙な連中に目を付けられるのも面倒。俺は作業服と一緒に『借りてきた』麦わら帽子を目深にかぶり、宿の門をくぐったのだった。
宿に戻り、俺はセラスの取った部屋に向かう。エリンを見張っている輩がいるかもしれないので、彼の部屋には興味がない振りをして通り過ぎ、セラスの部屋をノックした。
「はーい、開いてますよぉ」
中から聞こえてきた声は、緊迫感の欠片もないミュトスの声だった。
というか、どこか蕩けたような声音が混じってるのは、気のせいだろうか?
「鍵くらい掛けておけよ――」
遠慮なく扉を開け、部屋に入った僕は、そこに立ち塞がる姿を見て言葉を無くした。
そこにいたのは、体長が一メートルを超える獣。いや、二足歩行のレッサーパンダと言った方がいいだろうか?
それが両手両足を広げ、仁王立ちのままこちらを威嚇していたからだ。
なぜかその背中にはミュトスが抱き着き、毛皮に頬擦りをしている。
「え、なに……この状況?」
「ハアァァァ、この感触、このポーズ、至福ですよ、至福!」
「ミュトス、説明して」
とりあえず人に見られてはいけないので部屋に入り、扉を閉めておく。
特に今のミュトスの顔は、人に見られてはいけない。あれはかなりガンギマっている
そんな俺を目にして、同室していたセラスが声をかけてきた。
「お帰り、シノーラ。無事だったか」
「ああ、問題ない。で、これは?」
「こちら、領主のリチャード・ハイネン様だ。こちらはそのご家族」
よく見ると仁王立ちするレッサーパンダの背後に、一回り小柄なレッサーパンダが二頭……いや二人隠れていた。
セラスの説明が本当だとすれば、間違いなく彼らは領主の獣人ということになる。
「獣人……?」
俺は期待が砕け散ったショックで、思わず床に膝をついてしまった。
なんだよ、獣人っていうからケモミミな人たちを想像してたのに。
「ど、どうした、シノーラ!?」
唐突に脱力した俺に、セラスは慌てて駆け寄ってくる。
このショックを口にしたい。しかしそれは彼らに対する侮辱になりうる。
だからこそ、俺は首を振って沈黙を保った。
いや、俺はいい。俺は勝手に期待して、勝手にショックを受けただけなのだから。
なのになぜ、ミュトスがその毛並みの虜になっているのだ?
「ミュトスは?」
「ああ。獣人と会うのは初めてだそうで、すっかり毛並みの虜に」
「モフモフですよ! 篠浦さん、モフモフ!」
目を輝かせ、俺に子供のように主張するミュトス。俺の名前すら転生前の物を口にするほど、正気を失っている。
「セラス、あれは引き剥がせないのか?」
「なぜか、どうやっても引き剥がせなくて」
「まぁ、そうだろうな」
剣術の才があっても、結局のところセラスはただの少女に過ぎない。
力を封印したとはいえ、創造神であるミュトスに敵うはずもない。。
「てか、お前が夢中になってどうすんだよ」
俺が引っ張ると、ミュトスはペリッと引き剥がされた。
抵抗する気配はあったのだが、さすがに正気を取り戻したようだ。
ミュトスが離れ、俺が仲間であることを認識して、領主のリチャード氏は威嚇のポーズを解いた。
「これは失礼をしました。ご紹介の通り、私が領主を務めておりましたリチャード・ハイネンです」
「ご丁寧にどうも。僕はシノーラ。こちらのセラスとミュトスの旅の同行者になります」
「なんだ、固いな。仲間と言ってくれてもいいんだぞ?」
「そうですよ、仲間! セラスさんはともかく、私とは一蓮托生の間柄でしょう?」
「な、なんだと!?」
「誤解を招くようなことを言うな。というか、今はそれはどうでもいいから」
とにかく、リチャードとエリンの話を聞く方が優先だ。
そう思って、俺はリチャードの方に視線を向ける。
「この度は私と妻、そして息子の命を救っていただき、感謝の言葉もありません。このお礼は、事が落ち着きましたら必ず」
「いえ、それより……」
お礼を貰えるのはありがたいが、それより先に街の平穏の方が優先だ。
そのためにはエリンの協力が欠かせない。
「リチャード様を無傷で奪還できたのは僥倖でしたね。シノーラさんはいつも、私の想像を超えた成果を上げてくださる」
「いや、偶然ですよ、偶然」
偶然と呼ぶには、いささか荒っぽい奪還劇だったが、領主が目にしたのは床が抜けて兵士が落ち、そこから顔を隠したミュトスが上がってきたところまで。
俺が屋敷内で無双した姿は、目にされていないはずだ。
俺の力を隠し通すのは難しいだろうが、とにかくこの反乱を鎮圧することだけを、今は考えておこう。
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