第55話 侵入という名の強行突破
俺が再び意識を取り戻した時、屋敷の前でミュトスに支えられた状態だった。
俺を見送ったはずのミュトスが俺を支えていることに、若干の違和感を覚えないでもなかったが、あの空間とこの世界では時間の流れが違うので、そういうこともできるのだろう。
いきなり倒れかけた俺と、それを支えるミュトスの姿に、門を見張っていた兵士が怪訝な視線を送ってくる。
「もう、無理しちゃいけないって言ったじゃないですか、あ・な・た♡」
「何、その寸劇?」
「大変、記憶に障害まで! ささ、こっちに来て休んでください」
どうやら兵士の視線を気にして夫婦の振りをしているらしいが、ミュトスの外見年齢では、それは無理があるだろう。
しかし彼女の気遣いを無駄にするのも忍びない。
大人しく彼女に腕を引かれるまま、その場を後にした。
「もう、いきなり注目を集めるような真似はやめてくださいよ」
「ごめん。といっても、いきなりこっちに戻ってきた時の眩暈だけは、どうしようもないよ」
兵士の視界から逃れてから、ミュトスは不満げにそう告げてくる。
しかし急に世界を移動したのだから、眩暈の一つや二つは当然起こる。
これは平気な顔をしているミュトスの方がおかしいというべきだ。
「それより、早くハイネンさんを助けに行きませんと。エリンさんが話を聞いたのがついさっき。上方が彼の元に届くまでの時間を考えますと、いつ彼の身に不幸が起こったとしても不思議ではありません」
「ああ、そうだな」
領主のハイネンは身体能力に優れる獣人という話だが、それでも民間人であることに変わりはない。
反対に襲撃してきたのは、鍛えられた騎士たち。殺そうと思えば、いつでも殺せる覚悟と能力を持つ連中だ。
時間は一刻の猶予も無いと言えるだろう。
「ミュトス、訓練で使った屋敷はこの屋敷と全く同じ造りなんだよな?」
「当然です。私の特訓に隙はありません。罠以外は忠実に再現しましたよ」
「よし、ならこっちだ」
罠以外の構造が同じなら、見張りの死角の位置も、ほぼ同じだろう。
そう考えて、俺は裏門の近くに移動した。
そこは漆喰と石を組み上げた塀が続いている路地で、裏門からも表門からも視界が通らない。
左右を見て、人通りが無いことを確認し、俺は腰に吊るした神剣に手をかける。
この剣はそのバカげた性能のわりに派手な装飾が無く、俺のような少年が持っていても違和感がない。
「ミュトスは少し離れてて」
「はい、あなた♡」
「その演技はもういいから」
「ぬぅ……ノリが悪いですね」
不満そうなミュトスは置いておいて、俺は剣を引き抜きざまに一閃する。
左から斜めに斬り上げ、頭上で刃を翻し、今度は逆袈裟に斬り下ろす。
すると壁は三角形に斬り抜かれ、ゆっくり遠くへと倒れていった。
それが地面に到着するより先に、俺は壁の石を掴んで止めた。
そして音が鳴らないよう、ゆっくりと地面に置く。
「一々壁を乗り越えるのも面倒だからな」
「潜入の特訓とはいったい……うごご」
どこか納得のいかない顔で唸るミュトスだが、今はそれどころではない。
俺は開けた穴をくぐって敷地内に侵入し、その後をミュトスもついてきた。
「ミュトスも来るの?」
「当然です。私はアフターケアもバッチリなのが売りですから」
「いいけど、気を付けてな」
ここから先は叛乱を起こした兵士が待ち受けている。
魔獣と違って人間は、邪悪な悪意を持って襲ってくる。それは魔獣とは違う恐ろしさを持っている。
むしろ半端に知恵が回る分、たちが悪い。
その後、
二階の一室に人が集まっており、その前に三つの生命反応がある。
おそらくはこの三つが町長とその家族の反応と思われる。
「良かった、まだ生きてるみたいだ」
「なら急ぎましょう。階段は確か向こうでしたね」
「いや、こっちだ」
ミュトスは二階に向かうべく階段に向かおうとしたが、俺は逆方向を指示した。
そもそも
俺は一回中央付近にある物置部屋に移動する。
そこに入ってから、ミュトスはどこかそわそわした態度で周囲を見回していた。
「あの、シノーラさん? 今はこういうところに寄り道してる場合じゃ……いえ、私としてもやぶさかではないのですが」
「なんの想像をしてるんだよ。ここに来たのは、こうするため!」
挙動不審にミュトスを無視して軽く跳躍し、俺は天井に向けて剣を振るう。
俺は抜けた天井より先に着地すると、ミュトスを抱き抱えて壁際に避難した。
直後、瓦礫と化した天井と一緒に、五人ほどの兵士が降ってきた。
俺は
もうもうと舞い上がる土煙と、何が起きたのか理解できず狼狽し、落下のダメージで身動き取れない兵士たち。
俺は土煙の中に突入し、容赦なく左右に剣を振り回す。
痛みと驚愕で身動き取れない兵士たちの隙を突いた攻撃は、容易く彼らを打ち倒す。
「な、なにが――ぐわっ!」
「床が――ぎゃあ!?」
「て、敵が――ひぎっ!」
それぞれ状況を確認できる前に断末魔を上げて血飛沫を上げる。
その場にいた大半の人間を斬り倒し、俺は血振りをして剣身から血糊を振るい落とす。
五人いた内の四人に致命傷を与え、残り一人は腕と足を斬り付け行動不能にしておく。
「なんだ、さっきの音は!」
「こっちの部屋からだぞ!」
天井が落ちた轟音は屋敷中に響き渡り、その音を聞きつけた別の兵士がこの物置に向かって集まってくる。
これも計算通りのことで、二階の部屋は床が抜けただけで轟音がなったのは実質一階の物置。
そこに兵士が集まるということは、二階の部屋の警戒が薄くなるということでもある。
「ミュトスは二階に上がってハイネンさんたちを外へ避難させて」
「え、でもシノーラさんは?」
「俺は兵士たちを処理してくるよ。情報を聞き出すのは、こいつ一人いれば充分だろ」
「それはそうですが――」
「ああ、正体がバレるとあれだから、これをかぶっといてね」
俺はミュトスの頭に、そばにあった穀物を詰めていた袋をかぶせる。
目の部分を破いて穴をあけると、不審な少女の出来上がりだ。
「なんでそこいらのずた袋なんですか?」
「他にないから仕方ないだろ」
「ヒドイですよ。こんなの、ヒロインの格好じゃないです……」
さめざめと悲嘆の声を上げるミュトスを無視して、俺は背後に手を伸ばし、舞い上がった土埃と瓦礫、それに兵士の死体をインベントリーに収納する。
これは瓦礫などが後々使えるかもしれないという判断によるものだ。
死体に関しては、証拠の確保の意味も兼ねている。反乱を起こした兵士の死体があれば、言い逃れもできないだろう。
放置して証拠隠滅されるよりはマシだ。
そうこうしているうちに兵士が駆け付けてきたのか、扉がドンドン叩かれる。
俺は乱打される扉に向けて、躊躇なく神剣を突き出す。
神剣は木製の扉を紙のように貫き、その向こうで扉をこじ開けようとしていた兵士の喉を貫いた。
「ぎゃあぁぁぁ!」
「敵だ、敵がいるぞ!」
警戒の声を上げるほかの兵士に向けて、さらに神剣を一振り。
それは扉や石の壁を斬り裂き、その向こうにいた兵士も両断する。
更に扉を蹴り開け、俺は群がっていた兵士の中へ躍り込んでいく。
その背後でミュトスが二階に浮遊の魔法で飛び上がっているのが視界の隅に入ってきた。
兵士たちは鍛えられてはいたが、剣神ゴルドー直々に鍛えられた俺の敵ではない。
襲い来る兵士を容赦なく斬り倒し、次の敵へ向かって足を運ぶ。
この屋敷に押し寄せた兵士たちが、自分たちが狩る側から狩られる側に変化したのだと悟った時には、すでに全滅寸前の状態だったのである。
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