第54話 暗躍するポンコツ神たち

  ◇◆◇◆◇



 人の世界へと戻ってくるシノーラを見送り、ミュトスは大きく息を吐いた。

 途中までは順調に話が進んでいた。

 特訓という大義名分に便乗し、かくれんぼという遊戯を取り込むことで、彼と積極的に触れ合うことには成功していた。


 今や尋常ならざる好意を持つ相手に対し、堂々と抱き着いたりいじめたりすることができたというのは、彼女としては願ったり叶ったりというところである。

 そうしてスキンシップを図ったのは良いが、最後の最後でシノーラに張り手を見舞ってしまった。

 これは慣れない性的な接触に対し、反射的に行ってしまった暴挙である。


「はぁ、まさかボッチの影響がこんなところに出るなんて……」


 数千、数万という時を孤独に過ごしてきたミュトスにとって、人との接触というのは、いまだに刺激が大き過ぎる。

 そんな自分に自己嫌悪をしつつ、悲嘆にくれていた。

 このままではシノーラに嫌われたかもしれない。そんな最悪の状況も脳裏によぎる。


「母上、上手くいきましたか?」


 絶望するミュトスの背後の空間が大きく揺らぎ、そこに彼女の息子でもある剣神ゴルドーが姿を現す。


「母上はアピールが下手ですからな。こういう機会でも利用しないことには……母上!?」


 気楽に姿を現したゴルドーは、そこで絶望の表情を浮かべるミュトスを見て驚愕する。

 創世神として飄々と世界を運営してきた彼女からは、とても信じられない顔だからだ。


「どうかしたのですか? もしや悪癖が暴走してシノーラに嫌われてしまったとか!」


 的確に急所を抉ってくるゴルドーに、ミュトスは胸を押さえてよろめく。


「い、いえ、その心配はないはず。篠浦さんは寛大な方ですから。ですが、好意を増大させるという目論見は、失敗したやもしれません」

「なにがあったんです?」


 元々奥手なミュトスに、胸にワッペンを貼ってシノーラに触らせようなどという思考ができようはずもない。

 今回の特訓、実は裏で手を引いていたのは、ミュトスとシノーラを結ばせようとするゴルドーの入れ知恵である。

 しかしその企みは、最後の最後でミュトス自身の手によって破綻していた。

 それを告げられ、ゴルドーもまた絶望に顔を覆う。


「母上……ただでさえあの小娘に押されているというのに、ここでドジを踏んでどうするのですか?」

「いやいや、まだ大丈夫です! シノーラさんもセラスさんも、その手のことにはかなり鈍そうですから!」

「それでは、母上も歯牙にもかけられないという結果になるのでは?」

「うぐっ!?」


 今回の召還、特訓の内容をマイルドにしてミュトスとシノーラの仲を取り持つことを優先していた。

 その段取りを整えたのは、ミュトスに仕事を丸投げされていたゴルドーである。

 だというのに、当のミュトスがこの有様では、まるっきり骨折り損だった。


「そ、それより! いいんですか? 雑な特訓では、篠浦さんに迷惑がかかるのでは?」


 やり玉に挙げられたミュトスは、矛先を逸らすべく話題を転換させた。

 しかし、侵入工作というミッションを前にして、ぬるい特訓では悪影響があるのではないかと危惧していたのは事実である。

 その危惧にゴルドーは胸を張って反論した。


「大丈夫ですよ。シノーラならたとえ発見されたとしても、剣の力で切り抜けることができるでしょう」

「確かに篠浦さんは余裕でしょうけど、人質の安否とかあるじゃないですか」


 闇帝すら一蹴するシノーラを、一介の軍隊がどうにかできようはずもない。

 ゴルドーが見たところ、達人級の人材も参加していない様子だったので、彼は非常に楽観的になっていた。


「それこそ些事でしょう。我らが気に掛けるほどのことではないのでは?」

「それはそうなんでしょうけど」


 雑に扱った結果、任務失敗となってシノーラの心証が悪くなるのは避けたいと思うミュトスだった。

 その感情を抱かれるだけでも、すでにシノーラがただの人間として扱えなくなっていることには、気付いていない様子だった。


「まったく、母上も、シノーラも……似た者同士というべきですかね」

「なんのことです? 私は彼みたいに察しが悪くないですよ」

「はいはい。それに特訓の成果は上々ですよ」

「そうなんですか?」


 首を傾げて特訓に疑問を呈するミュトスに、ゴルドーは一つの映像を提示した。


「見てください。母上が作った急増の屋敷とはいえ、その天井がこの有様です」


 その映像には、石でできた天井に小さな穴が点々と開いている様子が映し出されていた。


「これは?」

「シノーラの奴が天井に貼り付く際に、指で石を抉った痕です」

「……おかしいですね。壁を切り抜いてショートカットされないように、かなり頑丈に作ったはずなのですが?」

「奴め、すでに神気を纏いつつありますよ。どうやらこの前、母上と唇を交わしたことが原因かと」

「く、唇を交わすとか! あれはタダの人工呼吸の特訓ですから!」

「原因はどうあれ、母上と濃密に接触し、その力を逆に取り込んでしまったことに、変わりはありません」

「の、ののの濃密とか! そんなはしたない!?」

「母上、問題はそこではありません」


 顔を真っ赤に染めて狼狽するミュトスをゴルドーは諫めた。

 彼としてもシノーラは直弟子の一人。その彼が神格を得るというのは、新たな家族が増えることにも等しい。

 できるなら、ミュトスと仲睦まじく、人の世を治める存在となって欲しいという想いはある。

 しかし当のミュトスが、恥ずかしさと潔癖さから、自分の立てた計画をぶち壊してしまった。


「ともあれ、次の手を考えなくてはなりますまい」

「あの、ゴルドー? そんなに慌てて篠浦さんを取り込まなくても……」

「母上は甘い! あのセラスという小娘、無自覚に媚びを売る難敵ですぞ。しかも人は数年で成熟する。あと二年もすれば、立派な母上の対抗馬となりましょう」

「そ、そんなことは……きっとないですよ? 良い子ですし」

「子が娘になるのに時間はかからぬということですよ。ただでさえ母上は未成熟な身体をしておられる」

「放っておいてください! いいでしょう、別に。それにこういった体型が好きという殿方も少なからずいますし!」

「母上が後年、『あの時、気を緩めず迫っておけば』と後悔する姿が目に浮かぶようですな」

「もう! いいかげんにしなさい!」


 ゴルドーの頭に一発拳を落とすと、彼の巨体があっさりと雲の地面にめり込む。

 この神の世界では、彼女の力は彼女の思う通りに発揮される。

 それを忘れて茶々を入れた彼も、しっかりとミュトスのポンコツを継承していると言えよう。


「それより、シノーラさんを待たせるわけにはいきませんので、私ももう戻ります」

「お気をつけて。力を封印しているので、母上の身体能力はそこらの小娘並みになってますから」

「承知しています。では」


 そう言ってミュトスは姿を消す。

 取り残されたゴルドーは過去の映像を呼び出し、ミュトスの作戦の経過を再確認し始めるのだった。



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