第53話 激しいかくれんぼ

 開いた門には、明らかにこちらを迎え入れる意思を感じられた。

 なので俺も、遠慮なくその門に足を踏み入れる。

 するといきなり門の左右の地面が盛り上がり、騎士を模したゴーレムが出現する。


「ぬわぁ!?」


 突然の現象に俺は思わず奇声を上げ、棒立ちになってしまった。

 その隙を逃さず、手に持った槍を振るう騎士型ゴーレム。

 反射的のその槍を受けるべく腰に手をやるが、そこにはミュトスから賜った神剣は存在していなかった。


「なっ――ぶべっ!」


 なぜ、と口にすることもできず、俺は水平に吹っ飛ばされる。

 頑強のスキルが無ければ、ただでは済まなかっただろう。


「私一人では複数の兵士の目を再現できませんので、各所にゴーレムや罠を配置しておきました。危険ですから注意してくださいね?」

「先に言え!」


 姿は見えないが、どこかからミュトスの声が聞こえてくる。その声には、どこか愉し気な、『愉悦!』という気配がありありと浮かんでいた。


「あと、剣での迎撃が可能だと篠浦さんは無双できちゃいますので、特訓の間、神剣は没収です」

「そんな殺生な!?」


 門柱に半ば頭をめり込ませながら、俺は聞こえてきたミュトスの声に抗議する。

 そして気が付くと、再び門の前に放り出されていた。


「発見されると元の位置に戻されるのか。これは面倒な……」


 とはいえ、門の左右にゴーレムが配置されているのは理解した。

 これから潜入するというのに真正面からというのも、確かにおかしな話だ。

 ならば塀を乗り越えて屋敷の裏から侵入するのはどうだろう?


 俺はそう考えて屋敷の裏に回り込む。

 裏門も開いていたのだが、ここに見張りを配置しないはずもない。

 俺は魔力を広げて敵や障害を察知する探査サーチの魔法で裏口付近を探ってみる。

 するとやはり、裏門にも不自然な魔力の反応が存在していた。


「あそこにゴーレムが配置されてるってわけか。エルヴィラには感謝だな」


 この探査サーチの魔法があれば、ミュトスの配置したゴーレムを回避することはかなり容易になる。

 魔法神エルヴィラには、素直に感謝しておこう。

 俺は裏門にも兵士がいると想定して、視界に入らない場所の塀をよじ登る。

 塀にも一応、侵入防止用の柵とか返しが付いていたが、そんな物に傷つけられる身体ではない。

 柵を掴んで身体を持ち上げ、周囲を見回したところ、誰もいないのを確認する。


「よし。ここからなら入れそうだ」


 そう小さく呟き、俺は地面へと飛び降りた。

 固い地面に足を付け……そのまま俺は穴の中に落ちた。




「落とし穴かよォ!?」


 まんまとハメられた形になり、悔しさのあまり、両手で地面の雲を殴りつける。

 そんな俺をからかうかのように、ミュトスの声が響き渡った。


「そりゃ、兵の視界の及ばないところには、罠くらいしかけますよ?」

「ちくしょう!」

「まぁ、そう怒らないでください。この特訓をクリアできたら、斥候くらいはこなせるようになりますから」

「ああ、そうかい! もう一度だ!」

「頑張ってくださいね~」


 面白がるようなミュトスの声が途切れ、再び門を見る。

 そこには何もいないように見えるが、門の左右には魔力の痕跡。

 裏門にもゴーレムが配置されており、ゴーレムの視界が通らない場所では落とし穴などの罠が設置されている。

 ならどうすればいいのか……


「フム、罠を乗り越えるのが楽だな」


 ゴーレムと違って、罠には意思がない。

 いや、ゴーレムも命令に従うだけしかできないのだが、少なくとも罠は能動的に動かない。

 こちらが罠の起動条件に触れなければ、何も問題ないはずだ。

 俺はそう考えて、再び裏門へと足を運んだ。




 再び塀をよじ登り、そこで再び探査サーチの魔法を使用する。

 すると裏庭にはいくつかの罠が仕掛けられていることに気が付いた。

 その大半が落とし穴なので、落し蓋のところを土壁アースウォールの魔法で蓋をしておく。

 これで上に降りても落ちることは無くなる。


「よし、今度こそ大丈夫なはず」


 慎重に塀から降り、落とし穴の上に足を置いたが、罠が発動する様子はなかった。

 その後も探査サーチの魔法で罠の配置を探りつつ、屋敷の中へと侵入する。


 屋敷内の廊下は石でできていて、かなり堅牢な造りになっているのが見て取れた。

 さすがに屋敷内に罠はしかけていないのか、探査サーチの魔法には反応が無かった。


「ま、そりゃそうか。しかし石造りだけあって、足音が響くな。これは注意しないと」


 俺が今履いている靴は旅に適したように頑丈な造りに鋲を打った物だった。

 おかげで石に硬い鋲が当たり、高い音が響く。

 このままだと足音でミュトスに接近を知られてしまう。


「もったいないけど脱ぐしかないか」


 旅用のブーツを脱ぎ、革を薬草でなめした柔らかい靴に履き替える。

 足音も消せるので、一石二鳥だ。


「よし、問題はミュトスがどこにいるか、だけど……」

「バーン!」

「ぐはっ!?」


 一歩踏み出し、扉の前に移動した瞬間その扉が勢いよく開き、俺に直撃した。

 俺はそのまま扉に跳ね飛ばされ、反対側の壁に激突する。

 まるでコントのような仕打ちに、俺は思わず言葉を失ってしまった。


「足音のチェックが甘いですよ、篠浦さん。侵入前に靴は履き替えておかないと」

「そう、いうのは……先に、口で……言え……」


 頭部を壁にしたたかに打ち付け、目の前が暗くなっていく。

 俺はかろうじてそれだけを口にして、気絶したのだった。

 頑強があるのに気絶させられるとは、実は結構な勢いで頭を打ってしまったのだろうか?



 再び目を覚ました時は、またしても門の前だった。

 いきなり奇襲を仕掛けてきたミュトスにはさすがに業腹ではあるが、彼女の指摘は実に正しい。

 屋敷に入ってから靴を履き替えるなど、確かに怠慢極まる行動だった。


「今度こそ……」


 同じルートはさすがに見つかるだろうと考え、別の場所を探して屋敷に忍び込んだ。


 それからも、何度も俺はミュトスに翻弄された。

 廊下を歩いていると背後から抱き着かれたり、部屋に入ったら扉の陰から抱き着かれたり、天井から落ちてきたミュトスに抱き着かれたりと、散々な目に合った。

 しかしそれは、俺にとって襲撃のパターンを知る良い機会でもある。

 何度もそんな失敗を繰り返し、失敗するポイントを洗い出す。

 そしてついに、俺は室内でくつろぐミュトスの姿を捉えていた。


「んー、今回はなかなか尻尾を捕まえさせてくれないですねぇ」


 探査サーチの魔法を常時発動することで、彼女の仕掛けた罠と彼女自身の位置を常に把握している。

 そしてこちらを見付けようと動く先を行き、監視の目から逃れていた。

 彼女は今、廊下の壁にもたれかかるようにして、目の前に浮かべた半透明のスクリーンを操作している。

 意識はそこに完全に向いており、天井に貼り付いた俺には気付いていなかった。


 俺はそのままゆっくりと天井を移動し、彼女の頭上へと移動した。

 なぜ天井に貼り付いているのかというと、彼女の周囲には落とし穴が仕掛けてあったからだ。

 普通なら屋敷内には罠はしかけない。

 だが彼女が無防備になるこの状況では、身を護るために罠を仕掛けていた。

 これはミュトスの前後を護衛が護っていると考えれば、非難するほどのことではない。


「ン~、ん?」


 そうしてスクリーンを操作していた手が止まり、ふと俺のいる天井を仰ぎ見る。

 しかしそれはすでに遅い。

 俺は天井を離れ彼女に向かって落下し始めていた。


「んきゃあ!?」

「獲ったどぉ!」


 ミュトスの悲鳴と俺の喝采。

 俺の右手は彼女の胸に伸び、ワッペンごと彼女の胸を鷲掴みにしていた。

 その柔らかな感触に一瞬俺の動きは止まる。

 ミュトスはというと、腰を抜かせたようにその場にうずくまり、顔を真っ赤にしてこちらを見上げていた。


「え、えーと……これで完了、だよな?」

「むー!」


 彼女はふくれっ面になって、平手を振り上げた。

 振り下ろされる先は俺の頬。それを確認しつつ、これは仕方ないと受け入れていた。

 役得でもあったことだし、これくらいは受け入れるべきだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る