第51話 叛乱後の対応

 この町で叛乱が起きた。それはエリンの言葉で知ることができた。

 問題は、彼がどこからその情報を仕入れてきたかだ。


「エリンさんはなぜ叛乱のことを?」

「実は騎士団の一隊が商業ギルドを押さえに来まして。私はちょうどギルドに入る前だったので難を逃れました」

「そうだったんですね。無事でよかったです」


 エリンには世話になっている。彼が巻き込まれるのは、俺としても本意ではない。

 そして俺たちの話を聞き、少女と母親はそそくさとその場から逃げ出した。

 どうやら巻き込まれることを、母親が恐れたらしい。

 抱き抱えられた少女が、俺に向けて手を振ってくれたのが、唯一の救いだろうか。


「今情報を集めているところですが、少なくとも領主の屋敷が抑えられ、各ギルドも騎士団が掌握しているようです」

「商業ギルド以外……傭兵ギルドもですか?」

「ええ。それに猟師ギルドも」

「戦闘力のありそうな場所は、すでに押さえられてそうですね」


 猟師ギルドも傭兵ギルドも、基本的には戦力を提供するギルドだ。

 叛乱――クーデターを起こすなら、真っ先に支配下に置いておかないといけない場所でもある。

 そして商業ギルド。金の流れを制御する経済の中心点。

 さらにとどめの領主。これでこの町の最高指導者が押さえられ、指揮する者がいなくなり、町民は有象無象と化す。


「まるで教科書に載せたいくらいの制圧劇ですね」

「教科書? まぁ、効率よくやられていることは確かだね。私たちもこれからどうするか決めないと」


 この町でほとぼりを冷ますのか、それとも脱出するのか。そしてギルドの仲間を助けるのかどうか。

 彼はこの場で、決断を要求されている。


 それは俺も同じだ。

 この状況を無視して王都を目指すか、それとも解決のために尽力するか。

 正直に言うと、エリンとはここで別れる予定だったし、彼らを無視して先に進む選択をすることも可能ではある。

 しかし、彼にはこれまでかなりお世話になっている。そんな彼を見捨てるというのは、俺としても忍びない。


「…………ああ、もう!」


 なんだかミュトスの思い通りに踊らされている気がしてきた。

 それでも、世話になった人を見捨てるほど、無慈悲な人間にはなりたくない。

 だからこそ、俺はここで決断した。


「俺に、何かできることはありませんか? 微力ですがお手伝いしますよ」

「本当ですか!」


 俺が戦えるとは思っていないだろうが、俺の輸送能力はエリンも知るところである。

 手伝ってもらえるのなら、彼も選択肢が増えるはずだ。


「それにしても、なぜこんな町を狙ったんですかね?」


 このトスパンの町は王都とカリエンテ村の中間に位置し、そこから国外へ向かう街道とも繋がっている。

 しかし、交易の中継点ではあるが、代用が効かない場所ではない。

 田舎でもなく、そして都会でもない。そんな中途半端な町だ。

 叛乱を起こすにしても、他に重要な場所はあるはず。


「おそらくですが、この領地の領主が問題だったのでは?」

「領主?」

「ええ。今回叛乱を起こした者たちは、いわゆる純血派と呼ばれる連中らしいんですよ」

「純血派とは?」

「まぁ、俗にいう人間至上主義者ですかね。亜人やこのイルドア出身でない人間を差別する連中です。ここの領主は獣人で、人間以外も公平に扱うことで有名ですから」

「そういうのって、どこにでもいるんですねぇ」


 地球でも、排他的な時代だとそういう人種がいたと聞く。

 そういった連中から見れば、町の最高責任者が獣人というのを不快に思うのは当然だろう。

 叛乱を起こすと同時に、そういう不愉快な町を粛正しようという魂胆か。


「そうですね、私としてもハイネン様……リチャード・ハイネン様といって領主をしている方ですが、彼を見捨てるのはもったいないと考えています。どうにかできないでしょうか?」

「どうにか、ですか?」


 こちらを縋るように、エリンは見つめてきた。

 そのハイネンという人物は、どうやらエリンから見ても有能な人間……獣人らしい。


「例えばですが、僕たちだけで町を出るという選択肢は?」

「あり得ません。正直言いますと、私一人ではなにもできないので。少なくともギルドの仲間たちを救い出さないと」

「命あっての物種、とも言いますよ?」

「そうですね。それが賢明な選択かもしれませんが……やはりダメです。商人は信頼が命。ここで逃げてはその信頼を失ってしまいます」


 半ば無理だろうと思って聞いてみたが、予想以上に強い口調で逃亡を否定されてしまった。

 エリンにとっては、それだけギルドの仲間が大事なのだろう。

 そう言えば彼は、商人たちが慌ててカリエンテ村から逃げる最中も、ギルドに残って避難の手続きをしていた。

 それを考えると、俺が思ってるよりも情が深い人間なのかもしれない。


「なんとか難を逃れた傭兵たちを集めて、反撃の準備を整えないと」

「町長の屋敷を教えてもらえますか? できるなら僕が様子を見てきます」

「危険ですよ!」

「大丈夫ですよ。セラスとミュトスにもついてきてもらいますから」


 セラスの剣術の腕とミュトスの魔法は、エリンも目にしている。

 それに俺のサベージボアを倒した幸運も知っていた。

 だからこそ、ここは強気で押してみる。


「しかしそれは……いえ、分かりました。ですが決して無理はしないでください」

「もちろんです」


 まずは町長を救い出す。彼を中心にして、鎮圧部隊を組織して各ギルドを開放する。

 儲けが無ければ動かない傭兵を動かすには、依頼人の存在が必要だ。

 今回は町長に依頼人になってもらう。そのためにも、町長の救出は最優先となるだろう。


 そう決断し、俺はセラスとミュトスに視線を向けた。

 彼女たちもその視線を受け、力強く頷いてくれた。

 ミュトスにとっては思惑通りだろうし、お人好しのセラスがこの提案に乗らないわけがない。

 それに俺も、エリンがここまで見込んでいるハイネンという町長に、興味を覚えていたのだ。

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