第49話 今後の方針
俺たち三人にエリンを加え、四人で騒々しく昼食を済ませた。
昼食は宿の食堂で済ませ、エリンはギルドへ向かい後処理を行うと言っていた。
おそらく、預かっていた書類は今頃は開封され、新たな騒動になっていることだろう。
そんな中に足を踏み入れるエリンには、ナムとしか言えない。
対して俺たちはこの町で一旦体を休めた後、再び王都へ向かう予定だった。
とはいえこの町ですらこれほどの厳戒態勢を敷かれているのだから、王都の中に入ることは難しくなっている。
それは俺だけでなくセラスも察しているらしく、心配そうにこちらを見上げてきた。
「シノーラ、これからどうする?」
「どうって言われてもなぁ。事が落ち着くまでこの町で羽を伸ばしてもいいんだけど」
「王都がこの騒動では、そのマシューって言う人の無事も分からなくなってますね」
セラスの眼鏡にかける予定の強化魔法。それを学ぶために、王都にいる魔術師のマシューを訪ねるよう、グラントから言付かっていた。
正直ミュトスの知識をインストールされ、エルヴィラによって制御力を鍛えた俺からすれば、今すぐにでもその魔法をかけることができる。
さしあたって、無理に先を急ぐ理由はない。
「先を急ぐ旅でもないんだけど……どうしたもんかな?」
見ず知らずの魔術師のために、無理して先を急ぐというのもバカらしい。
この世界の常識に疎い俺とミュトスが、わざわざ危険な場所に赴くのは避けたい。
それはトラブルを招く要因にもなり、そしてトラブルは地獄の特訓への入り口になる。
「私としてはぜひ先を急ぐべきかと」
「へぇ? それはなぜ?」
「もちろんトラブルが待っているからですよ!」
「却下だな」
「なんでですかぁ!?」
ミュトスはワクワクした顔で先を急ぐ方に票を入れた。
もちろんその先で俺がトラブルい巻き込まれ、特訓する目に合うと確信しているからだ。
「最近は私がお世話できなくて、物足りないんですよぉ」
「せんでいいから! セラスはどう思う?」
「んー」
セラスは腕を組んで、俺の質問を思案する。
その際に腕が胸を挟むわけなのだが……悲しいくらいに谷間ができていない。
いや、彼女にそれを期待するのはまだ数年は早いか。そんな事を考えていた俺の尻を、ミュトスが容赦なくつねり上げる。
「いった! なにすんだよ」
「視線に邪悪なものを感じましたので。それに痛くはないでしょう?」
「そりゃ、頑強があるから、そうだけどさ」
そんな邪念一杯の俺とミュトスのやり取りには気付かず、セラスは考えを口にする。
君はそのままでいておくれと、心から願わずにはいられない。
「私も先を急いだほうがいいかもしれないと思うんだ」
「それはなぜ?」
「だって、その人が困ってるかもしれないんだろう?」
セラスは純粋に、マシューという人が困っているかもしれないから先を急ぎたいと、そう言っていた。
そのまっすぐな心根に俺は思わず感動し、彼女の頭を撫でてしまう。
「な、なんだ、いきなり!」
「いや、セラスはいい子だなぁって」
「子供扱いは断固として抗議する!」
「まぁ、お子様の意見は置いておくとして」
「ミュトスだって大して変わらないだろう!」
セラスはいきり立ってそう反論するが、見た目はともかく中身は比較にならない。
しかもサディスティックな性癖持ちである。
だが、ミュトスもこれに乗ってエキサイトし始めたので、俺はその口を押さえてセラスとの会話を続けた。
このままミュトスに話をさせていると、どこでボロが出るのか分からない。
「困っていると言っても、見ず知らずの人間だけど、いいの?」
「そりゃ、困ってる人すべてを助けるとは言わないさ。でもその人は私たちに必要なんだろう?」
この答えに、俺とミュトスは顔を見合わす。
セラスの認識では、確かにその人の助けが必要になる。
しかし実際は、すでに解決している問題である。ここは真実を話すべきかどうか、微妙な空気が流れていた。
「うーん……」
「シノーラさん。ここは彼女の意見に乗っておいた方が、無難では?」
「特訓したいだけ……じゃなさそうだな」
「ええ、まぁ」
そう言うとミュトスは俺の耳元に唇を寄せ、ささやくように理由を告げた。
「闇帝の一件、封印を解いたのはその反乱を起こした騎士たちなんですよ」
「それって、余計にトラブルに巻き込まれる可能性が上がるんじゃ?」
「ですが、放置はできません。彼らは自分の望みのために、村一つ滅ぼそうと考えたんですよ?」
「そりゃそうだけどさ」
「下手をすれば、村だけではなく、この町だって滅んだ可能性があります。それだけ危険な考えを持っている人たちです」
ミュトスの言葉に同意しかけるが、そこで一つ疑問が浮かんだ。
「そうだとしても、俺がそれにかかわる理由にはならんだろ?」
「このままいくと、この世界のあちこちにある危ない封印を解いて回りかねないんですよ、その人たち」
この言葉には、俺も頷かざるを得なかった。
今回のようなことが何度も引き起こされれば、それはミュトスにとって都合の悪いことだ。
この世界を管理する彼女にとって、騒乱は望まざる事態である。
そしてその後始末は、おそらく俺に回ってくる可能性が高い。
神々から与えられた技能と神剣。それらを持つ俺は、そういう厄介ごとの処理に非常に向いている。不本意ながら。
「それに軍機に関わる魔法を知っているということは、そこそこの権力者なんでしょう。その人」
「そういうことになるかな?」
「なら、ここで恩を売っておけば、何らかの便宜を図ってくれるかもしれませんよ。夢のマイホームとか」
「うぅ」
その一言には、俺も強烈に誘惑された。
この世界で平穏に暮らすことが、俺の第一目標である。
そのためには、どうしても衣食住を整えねばならない。
衣と食はどうにでもなるが、住だけは手っ取り早く用意することができない。
服は金を出せば買えるし、食はサベージボアの肉がある。野菜なども購入するなり森の中から野草を仕入れてくるなり、手段はある。
しかし住居に関しては、どうしても後ろ盾というか保証人がいないと、良い物件を手に入れられない。
後ろ盾のないまま安い物件に手を出すと、グラントの小屋のような物を掴まされかねない。
それを避けるためにも、有力な後ろ盾は欲しかった。
「確かに一理あるな」
「でしょう?」
「なんだか乗せられた気がしないでもないけど、今回はミュトスとセラスの提案に乗っておくか。多数決でも勝てそうにないし」
俺たち三人のうち二人が王都行きに乗り気な以上、俺の意見が却下される可能性は限りなく高い。
別に彼女たちの意見を尊重する義理はない……と言いたいところだが、セラスはこの世界の道先案内人であり、ミュトスは俺の恩人でもある。
無下に断るのは、さすがに忍びなかった。
「素直にイクと言えばいいのに、どうしてこうも素直じゃないんでしょうかね」
「悪かったな。あとなんか発音がおかしくないか?」
「そうですか?」
しれっとした顔でこちらに返し、口元を隠しながら含み笑いをするミュトスは、どう見ても女神には見えない。
いいところ小悪魔という感じである。
そしてセラスは、そんなミュトスのいたずらに気付きもしていなかった。
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