第48話 部屋割りの騒動
傭兵たちに報酬が支払われ、ようやく解散となった。
俺たちの仕事もここまでで終了し、商業ギルドから解放されることとなる。
報酬をもらった傭兵たちは、喜び勇んで酒場へと繰り出していく。
宿をで部屋を取るより先に酒場に行くところに、彼らの刹那的な性格が見て取れた。
「この町も宿が二つあるんですか?」
「いや、宿はもっとあるけど、二種類あると言った方がいいかな?」
宿へ向かう途中、エリンが説明してくれた内容は、カリエンテ村でも聞いたことだ。
つまり、この町には傭兵用と商人用の宿が二種類存在し、その傾向によってサービスが微妙に異なるという物。
気の荒い、酒場兼任のイメージの強い傭兵用の宿と、旅人たちが気軽に泊まれる一般用の宿のことだ。
もちろん、傭兵だから傭兵用の宿に泊まらねばならないという法律はない。
俺たちは猟師ギルドに所属しているので、どちらかというと傭兵用の宿に泊まることが多い。
しかしセラスとミュトスは外見だけなら美少女なので、彼女たちの安全のためにも、落ち着いた宿に泊まりたかった。
そんなわけでエリンと共に一般向けの宿に向かい、部屋を取るところで問題が発生した。
「部屋をとりあえず三日お願いします」
「はい、素泊まりで食事代は別だと、一部屋三百ラピスになりますが?」
「では三人分、二部屋で――」
「ちょおぉぉぉぉっと待ってください!!」
突然割り込んで大声を出したミュトスに、俺はびくっと身体を震わせた。
「な、なんだよ?」
「その部屋割りについて詳しく。正確にはセラスさんの扱いについてです!」
「わ、私か?」
「ここでケダモノなシノーラさんと同室になったら、どんな間違いが起きるか」
「人聞きの悪いことを言うなぁ!?」
他人が聞いたら、明らかに勘違いされそうなことを堂々とのたまう。
店の人も、こめかみから冷や汗が一筋流れ落ちていた。
セラスはどう見ても十代前半。ミュトスも大して変わらない年齢に見える。
受付の人も、男女に分かれて泊まると思っていたらしいので、まさかのカップルで同室とは思わなかったようだ。
「ちゃんと男女で分かれる予定だから!」
「シノーラさんを野放しにするなんて、そんな不安な真似はできませんよ」
「お前は俺のオカンか!?」
言葉を取り繕うことも忘れ、俺は叫ぶ。
この世界に来てから確かにトラブルに巻き込まれまくってる気がするが、それは悪運というタレントの影響だ。
そしてそんなタレントが付与されたのも、ミュトスの手違いのせいである。
俺の性格に由来するようなことは、一切ない。
「今までも野宿してただろう? 私は全然かまわないぞ」
「少しは構ってください! これだからお子様は……」
「待て、私はれっきとした女性で――」
「大人なら男性と同衾なんてしませんよ」
「どどど同衾!?」
ミュトスの反撃にセラスは顔を真っ赤にして口篭もる。
やはり何年も生きてきた神様を相手にするのは、彼女には荷が重いらしい。
「ともかく、僕が一部屋、ミュトスとセラスで一部屋。これでいいだろ?」
「しかしこのシノーラさんを放置するのは! ここは私が同室になって――」
「待てミュトス。さてはそれが本音だな?」
「な、なんのことでしょう?」
露骨に視線を逸らし、唇を尖らせて下手な口笛を吹いてみせる。
しかしその目が完全に死んでいるところから、俺の答えが正解だと確信した。
「みゅーとーすー!」
「いだだだ! ウメボシはダメです、それは痛いんです!?」
「こっちに来て余計なこと言い過ぎ!」
「しかたないじゃないですか。シノーラさんは、まだこっちに来て間が無いんですよ?」
ミュトスのこめかみに拳を押し当て、グリグリと抉る。
正直ミュトスに俺から折檻するのは初めてかもしれないが、ここはきちんと言い聞かせておかないといけない。
俺だけでなく、彼女も下界はあまり来たことがないのだろうから。
「あの、お客さん……申し訳ありませんが、他のお客様の目もありますので」
「あ、すみません!」
カウンター前で騒ぐ俺たちに、受付の人が苦情を述べてくる。
確かにそれもそのはずで、俺たちの後ろには俺たち同様に避難してきた人が並んでいた。
町に入るのには特殊なコネが必要になるが、逆に言えばそれがあれば自由に出入りできる。
俺たちの護衛してきた商業ギルドの関係者もかなりの数が流入しているため、宿はかなりの混雑を見せ始めていた。
「そんなわけで二部屋……」
「私がシノーラさんと同室ですからね?」
「いや、そんな真似はさせられない。私が――」
「お前らは大人しく同室になっとけ」
「そんなぁ」
食い下がるミュトスとセラスにそう断じては見たが、ミュトス自体は俺の身を案じてのことだ。
なにせ俺はこの世界に来てから十日と少ししか経っていない。
しかもその大半を町の外で過ごしていた。
ミュトスが宿で一人にするのを心配するのも、まぁ理解はできる。
セラスに至っては俺を恩人と慕っているだけなので、下心なんてものは存在しない。
かと言って、このままカウンターで揉め続けるのも大きく問題だった。
「分かりました、では私とシノーラさんが同室ということでどうでしょう?」
「エリンさん?」
そこに割り込んできたのは、俺たちと同行していたエリンだった。
俺はもちろん、彼は別の部屋を取ると思っていたのだが、そこに俺を泊めてくれるというのだろうか?
「私も一部屋取る予定でしたし、話し相手ができるなら、これはこれで悪くないです」
「でも、いいんですか?」
「あなた方も借りるのは一部屋になるので、損はないでしょう?」
「まぁ、確かに」
この一週間、商業ギルドを護衛してきたので、俺は彼に信頼されていた。
同室になっても大丈夫だという程度の信頼くらいは、すでに勝ち取っている。
それに、顔見知りと同室ならば、俺としても安心できる。
「そうしていただけると、僕も安心ですね」
「では決定。君、素泊まりで二部屋頼むよ」
「はい、承知いたしました……二階の二〇二と二〇三になります。こちらの宿帳にサインを」
「ああ」
手慣れた仕草で宿帳にサインするエリン。俺とミュトス、それにセラスもその後に続いた。
なんだか無駄な悶着があったが、ようやく俺は寝床を確保できたのだった。
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