第47話 グリフォンの査定

 彼の背中を見つめ、手を胸の前で組んでトゥンクという胸の高鳴るような想いをして見送る俺の脇腹を、ミュトスの指がつねる。

 しかし神の力を封じたミュトスの力で、頑強のスキルを持つ俺の皮膚を突破できるはずもない。


「なんだよ?」

「なに見惚れてるんですか。そっち方面の特訓はしませんからね?」

「誰がそっち方面に進むか!」

「シノーラさんには真っ当な道に進んでもらわないと困ります」

「そ、そうだぞ。同性同士を否定するつもりはないが、少なくとも私は困る!」

「なんでセラスまで困るのか?」


 なぜか必死な顔で俺に詰め寄るセラスを押し退け、俺は近くの木の陰に腰を下ろす。

 見れば、他の傭兵たちも思い思いの場所でくつろいでいた。

 ここで立ちっぱなしになって緊張していても、埒が明かないと知っているのだ。

 俺たちは商業ギルドに雇われた護衛。ここには他にも傭兵がいるし、商業ギルドを狙う意味も今はない。

 魔獣もこれだけ傭兵がいるなら、恐ろしくはないはず。


「そういや、グリフォンと闇帝って、どう考えてもグリフォンの方が脅威だよな?」

「そうでもないですよ。闇帝の場合は、近付くことすらままなりませんから」

「あ、ドレインがあったか」

「でもグリフォンが脅威であることに変わりはありません。巨大ということは、それだけで脅威になりますから」


 これが日本だったら、脅威度は逆になっていたかもしれない。

 闇帝はドレインの範囲外から、狙撃してしまえばいいのだから。

 しかしグリフォンは話が違う。十メートルを超える巨体は、羽ばたくだけで周囲の民家を薙ぎ払う。

 銃弾もそう簡単に分厚い皮膚を貫けなかったかもしれない。

 そしてなにより、その巨体で空を飛ぶということが厄介だ。その機動力は近代兵器でも手こずるだろう。


「馬車を西門に移動させるぞ! そっちで手続きすれば、商業ギルドの関係者は中に入れる」


 門番と話を付けたエリンが戻ってきて、声を張り上げる。

 商業ギルドの関係者で身元のしっかりしている彼なら、疑いを持たれることはない。

 馬車と一緒にぞろぞろと移動する傭兵たち。それを見て一緒に紛れ込もうとする避難民も数名見受けられた。

 もっともエリンは契約した傭兵の名前を控えたリストを持っているので、彼らが街に入れる可能性は低いだろう。




 トスパンの町に入ると、普通ならその場で解散する予定だったのだが、今回はグリフォンという大物を討伐しているため、町の商業ギルドまで押し掛けることとなった。

 トスパン支部の担当者はあまりいい顔をしていなかったが、グリフォンの素材が持ち込まれると聞くと、すぐさま手のひらを返し、受け入れ態勢を取る。

 この辺りは、非常に現金な商人らしい態度だ。


「それで、グリフォンの素材はどこにあるんだ?」

「それは彼女が収納魔法で運んできましたので。倒した時のままですから、素材に分けて分配……する予定だったのですが、傭兵全員が金銭での報酬を希望していましたので、こちらで買い取っていただきたいのです」

「グリフォンを? 全てか?」


 トスパンのギルド担当者は、ヒゲ面のいかにも職人という雰囲気の男だった。これで商人というのは、意外に思えるかもしれない。

 彼はミュトスの収納容量に驚きの声を上げた。それにエリンも追従する。


「ええ。ミュトスさんは、こちらのシノーラさんと同じく、巨大な収納容量を持っているんですよ」

「そりゃすげぇ。できるなら商業ギルドで働いて欲しいくらいだ」

「残念ながら、彼らは猟師ギルドの所属です。他に鞍替えする気も、掛け持ちする気も今のところないらしいんですよ。本当に残念です」

「なんだ、お前も狙ってるのか」

「当然でしょう?」


 ちらりとこちらを流し見る目は、そのまま獲物を狙う獣の目と言っても過言ではない。

 俺は、まるで自分が兎になった気分で、身体を震わせた。


「それで、どちらに『出せ』ばいいですかね?」


 震える俺の心境を知ってか知らずか、ミュトスは暢気な声でそう質問した。

 そんな彼女に毒気を抜かれたのか、二人は小さく息を吐きだし、別棟に案内してくれた。

 そこは縦横が二十メートルを超えるほど大きな建物に繋がっており、そこで持ち込まれた獲物の解体が行われているらしい。


「今のところ、町が閉鎖された影響で持ち込みが無いんだ。つまり使い放題」

「いいタイミング……とは言い難いですね。町に入るのにひと悶着ありましたし」

「こんなタイミングで叛乱とか、勘弁してほしいぜ」

「まったくです」


 無駄な労働をさせられたエリンと、大幅な収益減を強いられたトスパン支部長は怒りを隠そうともしていなかった。

 その空気を無視して、ミュトスはヒョイとグリフォンをインベントリーから取り出し、床に放り出した、


「うぉっ、出すなら一声かけてくれよ!?」

「すみません、なんだか別の話題で盛り上がっていたようですので」

「そりゃすまんかった。しかし、こりゃ状態が良いな」

「でしょう? 運よく魔法の一つが口の中に飛び込んだらしく、外皮の傷はほとんどありません」

「風切り羽根も無事だな。脚は少し傷んじゃいるが、爪も嘴もほぼ無傷。肉に至っては取り放題じゃねぇか」


 グリフォンに近付き、状態を確認する支部長。その目に次第に光が宿りつつある。

 どうやら良質な獲物に興奮が隠せないようだ。


「羽毛は装飾品として価値がありますよね。どうでしょう、一千万というところで」

「ブッ!?」


 エリンの持ちだした金額に、俺は思わず噴き出した。

 その額はサベージボアの比ではない。とんでもない金額だった。それは支部長も同じだったらしい。


「おいおい、無茶言うなよ。いくらグリフォンでも、千は出せん。せいぜい二百で」

「バカにしないでいただきたい。それじゃサベージボアと大して変わらないじゃないですか」


 いやまて。俺がサベージボアを売った時の額は八十九万だったぞ。ひょっとしてぼったくられたのか?

 そう思ったが、それは支部長によって否定された。


「サベージボアはせいぜい百ってところだろ、吹っ掛けるなよ。しょうがねぇ四百だ」

「五百まで頑張っていただけませんか? これだけの良品ですよ」

「むぅ……」

「この後報酬を傭兵たちに分配しないといけないんですよ。四百じゃ、うちに儲けが出ません」


 確かに傭兵はかなりの数が雇われていた。

 戦闘に参加した傭兵は三十人を超える。人数で分けていくと、一人十万で使い切ってしまうだろう。


「しょうがねぇ、五百だ。それならお前ン所にも儲けが出るだろ」

「ありがとうございます、それで行きましょう」


 固く握手を交わすエリンと支部長。

 俺たちが倒した獲物でちゃっかりと儲けを上乗せする辺り、エリンも抜け目がない。

 傭兵たちも一人十万支払われるなら、文句も出ないはずだ。それだけあれば三か月は遊んで暮らせるだろう。


「なぁ、シノーラ。私、ひょっとして怖い場面を見てしまったのか?」

「安心しろ、セラス。俺も怖いから」

「大丈夫ですよ。少なくともシノーラさんは私が護りますから」

「それ、切り抜けるのは結局自分の力になるじゃん……」


 微妙に腹黒い交渉を目にしたセラスが、戦慄したように直立不動で死んだ目をしていた。

 正直俺も同じ心境なので、これに同意しておく。

 ミュトスは軽く俺を護ると断言してくれたが、その結果待っているのは地獄の特訓で、苦境を切り抜けるのは俺自身の力になるはずだ。

 そう考えると頭が痛くなり、思わず頭を抱えるのだった。

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