第46話 王都での異変
ミュトスがグリフォンを収納し、俺たちは再び南へと進路を取った。
重い荷物が増えず、それでいて高額な報酬を手に入れたことで、他の傭兵たちはほくほく顔だ。
特に、獅子奮迅の活躍をしたセラスと、怪我人を癒し、グリフォンを収納したミュトスへの風当たりはグッと改善された。
傭兵たちは気の荒い者も多く、エリンさんの馬車に乗り込む女性二人は、あまり良い印象を持たれてはいなかった。
それもそのはずで、彼らは徒歩で護衛しているのに、同じ金額を貰っている女性が馬車に乗っているのを見せつけられるのは、俺から見てもいい気分はしない。
その二人が活躍したのだから、認識が改まってもおかしくない。
「よう、ヒモ。今日も元気にしてるか?」
「え、ええ。あはは……」
その二人の活躍の陰で、俺はまったく活躍できなかったように見えるのだから、皮肉を込めてそう呼ばれてしまうのも、やむなしというところか。
ミュトスはそのたびに弁明してくれるし、セラスに至ってはこめかみに青筋を立てながら剣の柄に手をやっていたりするが、まぁこれもしかたない。
グリフォンを倒したのは実際俺なのだが、逆に俺まで戦えると知られてしまうと、厄介ごとを持ち込まれる可能性がある。
そして厄介ごとは、ミュトスの特訓へと繋がる、地獄への道だ。
「なんと失礼な奴だ。シノーラ、不快なら言い返してもいいんだぞ?」
「いやー、今のところ事実だから」
「ちゃんと荷物を運んでいるだろう。馬車一台分も!」
「それはエリンさんの仕事で、彼らには関係ないだろう。事情を知らなければ、役立たずに見えても仕方ないさ」
「しかしせっかくシノーラさんが活躍したというのに、知られないというのは私も不愉快ですよ?」
「誰のせいだと……いや、なんでもない。ミュトスは大人しくしててくれ」
俺を擁護するミュトスの言葉に、セラスは小さく首を傾げる。彼女は俺の攻撃に気付いていなかったので、これもまたやむを得ない。
それにミュトスが反撃に出ると、この避難隊そのものが消えてなくなりかねない。
いくら力を制御していると言っても、彼女は紛う事無きこの世界の神なのだから。
「いえ、シノーラさんの仕事は我々がしっかりと把握しています。その相手の尊厳を守れないというのは、私の、ひいては商業ギルドの名折れです」
「そこまで大袈裟なことでは」
「今後のこともありますし、ここはきちんと釈明しておくことにします。今夜にでも」
「うへぇ……」
それはそれで、俺がエリンさんに贔屓されていると取られかねない。
しかしまぁ、俺たちはその後は王都まで足を延ばす。つまり彼らのうちほとんどは、ここでお別れということになる。
そう気にすることも無いかもしれない。
「まぁ、俺が目指すのは安定して安全な生活なので」
「この状況で安全を目指すというのは、下手をしたら手柄を立てるより難しいことかもしれませんよ」
「それは……」
闇帝のことは一般には知らされていない。村長代理の手紙を商業ギルドが預かってはいるが、中に目を通すわけにはいかない。
なにせ事は、世界の重大事なのだから。
とはいえその闇帝は、すでに俺が倒している。
その手紙も、すでに用無しとなったのだが、それを知っているのは俺とミュトスだけだ。
「ふふ、二人だけの秘密というのは、なかなかに興奮してしまいますね?」
「やめろ、変な意味にとられかねないから」
「シノーラ、秘密ってなんだ? 私にも秘密なのか?」
「セラスはちょっと落ち着け。大したことじゃないから」
「なら私に知らせてくれてもいいじゃないか」
プッと頬を膨らませる彼女は、歳相応に幼く見える。というか、俺と一緒に行動するようになってからどんどん幼くなっている気がする。
これはおそらく、俺を兄と慕って甘えているからこその現象だろう。
しかしなぜかそれがミュトスには気に入らないのか、まるで見せつけるかのように俺の腕に抱き着いてくる。
ミュトスはやや幼めだが、見た目は完璧な美少女。そんな彼女とスキンシップをする俺は、他の傭兵たちから要らぬ嫉妬を買っていた。
「離れてくんない? 視線が痛いんだ」
「おや、では特訓が必要ですか?」
「やめて!?」
視線に晒されることに耐える特訓とか、何をやらされるか分かった物ではない。
そんな不穏な気配をまとわせながら、一週間。危険な魔獣からの襲撃もほとんどなく、俺たちは目的の町に辿り着いたのだった。
目的の町はトスパンという名で、王都に繋がる中継点として栄えてきた町らしい。
その門の前には、俺たちより先に避難してきた人でごった返しており、町の門は固く閉ざされていた。
「おかしいですね。混雑しているのは当然としても、門が閉ざされているというのは」
その様子を見て、エリンが不思議そうに首を傾げる。
そして近くにいた職員に様子を見てくるように指示を出した。
そうして門番の元に駆けていった職員が戻ってきて、事情をエリンに話してくれた。
「エリン様、どうやら王都で内乱が発生したらしいです」
「なんだと!?」
「王の派閥は完全に不意を突かれた形になり、王城に立て籠もって何とか持ちこたえている模様。王都自体は反乱軍に占拠され、町の門が閉ざされて完全に出入りができない状況だとか」
「それは分かりましたが、なぜこの町の門が閉ざされているのです?」
「はい。王都から逃れることができた民が、各地に逃げ込み混乱をきたしているとか」
「なるほど……では、王都に向かっていた旅人も周辺の都市に逃げ込んでますね」
「そのようです」
その結果が、この混雑らしい。
そして反乱軍が民間人に変装して侵入する可能性もあるので、門を閉ざしているらしい。
「これは困りましたね……しかし、なぜ今頃反乱など?」
「なんでも、カリエンテ村での闇帝復活に際し、一切の対応を取らなかった国王への不信が積もったとか」
「闇帝復活ですって!?」
それを聞いて驚きの声を上げるエリン。俺もこの言葉に疑問を持った。
闇帝の復活を知っているのは、現在俺とミュトス、グラントそれにカリエンテ村の村長代理だけだ。
その事実を記した手紙はエリンが所持しているが、彼は中身に目を通していない。
なのになぜ、その情報を二週間も離れた王都で掴んだのか?
「エリンさん、なんだかおかしくないですか? 情報が速過ぎる気がします」
俺は闇帝復活についてを口にする事はできないが、情報伝達の速さに疑問を呈してみた。
それは彼も不思議に思っていたらしく、俺の言葉に首肯する。
「そうですね……王都から逃げてきた人がここにいるということは、一週間前に反乱が起きた。それは私たちが避難を始めた頃と一致します」
「しかも村のあの大穴を、早くも闇帝の仕業と断定している節がある。だとしたら、なおさら速過ぎます」
俺は彼の言葉で、初めて闇帝復活を知った風に話を持っていった。
エリンもそれに同意し、深く頷く。
「それはたしかに。大穴だけでなく、森を焼いたあの光。あれが闇帝の力だとすれば、納得も行きます。だとしたら、穴の出現とほぼ同時に、王都でそれを察知したということになる」
俺が斬り払った闇帝の魔法は、周囲の森を放射状に焼き払っていた。
避難所がそれに巻き込まれなかったのは、不幸中の幸いだ。
その光は、他の民間人の目にも留まることとなってしまった。つまりあの大穴には、何か異常な存在がいると認知されたわけだ。
それを闇帝に繋げたとしても、この場面ならおかしくないはず。その場に居た者なら、闇帝と繋げて考えてもおかしくは無いだろう。
しかし叛乱は王都で起きており、しかもカリエンテ村での出来事を把握している。
カリエンテ村から王都まで徒歩で二週間。早馬を飛ばせばその限りではないが、あの事件からまだ一週間しか経過していない。
そして王都への中間点であるこのトスパンに避難民が押し掛けているということは、一週間前に叛乱が起きたということになる。
それは、闇帝復活直後に事件について把握し、事を起こしたということだ。
「とにかく、情報が欲しいですね。なんとか町に入れないか、交渉してみましょう」
そう言って馬車を降り、門に向かうエリン。その背中を見て、俺は少し頼りになると思ってしまったのだった。
少なくとも、隣に立つポンコツな女神様よりは。
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