第44話 無双……しない

 元の世界に戻って最初に目に入ったのは、傭兵相手に無双するグリフォンの姿。

 そのグリフォンの前に立ち塞がっていたのは、予想外にもセラスの姿だった。


 俺はミュトスの横槍で完全に出遅れており、先行したセラスがただ一人で戦線を支えている状況だ。

 他の傭兵たちはグリフォンの爪で薙ぎ払われていたというのに、セラスはその爪を逸らし、なし、躱し続け、注意を自分一人に引き付けていた。

 彼女がグリフォンに対抗できる存在だと把握した傭兵たちは、次第にその立ち位置を彼女のサポートへと変更させる。


「む、予想以上にやりますね、セラスさん」


 奮闘するセラスを見て、ミュトスが感心したような声を上げた。

 彼女が剣術を得意とすることは俺もミュトスも知っていたが、ここまでとは思っていなかった。

 事実、ゲイリーですらグリフォン相手には手を出しかねていたのだが、彼女が正面に立つことで脇に回り、側面からの攻撃に参加している。


「魔術師、遠距離から魔法で牽制しろ! 他の傭兵どもは間合いの長い武器に持ち替えるんだ!」


 ゲイリーの指示で傭兵の中の魔術師たちは、グリフォンの顔付近へと攻撃を集中させる。

 視界を遮るようになった魔法の数々に、グリフォンは苛立たしげな咆哮を上げていた。

 そして傭兵たちも弓や槍といった射程の長い武器に持ち替え、セラスの邪魔にならない位置からの攻撃に切り替える。

 逆にセラスは、『正面に立って敵の攻撃を避ける』ことに集中できるようになった。


「なぁ、これ……俺いらないんじゃね?」

「まぁ、そうかもしれませんね。でも、勝てはするけど、重傷者や死者は出るかもしれませんよ」

「それは困るかな」

「セラスさんも、現状は紙一重で凌いでいるに過ぎません。穏便に事態を収めるには、やはりシノーラさんの力が必要ではないかと」


 ミュトスの言う通り、セラスにはあまり余裕が無いようだった。むしろグリフォン相手に余裕を持てるような人材がいるなら、俺の方が知りたい。

 そう言った人物には近付かないようにするから。


「しかたないな」

「はい、しかたありませんね。特訓の成果を存分に見せてください。無双を期待してますよ!」


 何やら鼻歌でも出そうなほど上機嫌に、ミュトスが続ける。

 どうやら俺の力を見せびらかせるのが、嬉しいらしい。

 だが残念。俺は静かに平穏に暮らしていきたいのだ。そうでないと面倒ごとに巻き込まれて、その都度特訓を施されてしまうのだから。

 幸いにも、この状況は『壁』になる傭兵たちがたくさんいる。

 俺は氷の魔力を圧縮し、パチンコ玉サイズの弾丸へと変化させた。もちろん、その他にも様々な工夫が詰め込まれた、オリジナルの魔法だ。


「――氷爆アイスバースト


 これは火球ファイアボールの魔法の氷版である。氷の魔力を殻で圧縮し、衝撃を受けるとその場で氷の棘が四方八方に飛び散る魔法。

 その魔法を小さく圧縮し、傭兵たちの陰から迂回するようにグリフォンへと近付ける。

 このような複雑な機動ができるのも、エルヴィラによる特訓のおかげだ。


「エルヴィラに感謝だな」

「むぅ!?」


 俺がぽつりと零した言葉に、ミュトスが敏感に反応した。

 自分の功績じゃないことに怒っているのか?

 もちろん、エルヴィラを紹介してくれたミュトスにも感謝はしているのだが。


 ともあれ、氷爆アイスバーストの魔法は傭兵たちの陰からグリフォンに接近し、顔面付近へ飛びかう魔法に紛れて、口の中に飛び込んだ。

 今回、殻は硬めに作ってあるので、触れる程度では破裂しない。

 グリフォンもその巨体が災いしたのか、口の中に飛び込んだ氷には気付かなかったようだ。

 もっとも、氷だのの炎だのが顔面の周辺で破裂しているのだから、口の中の違和感に気付くことは難しいだろう。

 魔術師たちの魔法は、グリフォンの羽毛に防がれ、大きな効果は上げていない。

 それでも、俺の魔法を紛らわせる程度の効果は上がっているらしい。


「――爆」


 遠隔で破裂させる術式を起動し、グリフォンの喉の奥で氷塊を起動させた。

 パチンコ玉サイズの魔法はそこで破裂し、氷の棘を四方へと伸ばし、その近くにある重要器官――脳髄を破壊する。


「――解」


 さらに氷の棘を融解させる術式を起動し、氷の棘をただの水へと変化させた。

 これで俺の魔法の痕跡は完全に消滅したことになる。


 魔法の起動と同時にグリフォンはびくりと身体を硬直させ、そのままブルブルと痙攣したまま横倒しに倒れた。

 唐突に倒れ、痙攣するグリフォンの姿に、傭兵たちは呆気に取られている。


「うむ、さもありなん」

「私としては、もっとこう、派手に倒して『きゃーシノーラさん、すごーい』な展開を希望していたんですが?」

「そんなことになったら、余計なトラブルを持ち込まれるだろ。俺は静かに生活したいの」

「すでにセラスさんが無双したおかげで、その望みはかなえられないと思います?」

「うっ!?」


 今回、グリフォンという大型魔獣を相手に、ほぼ無傷という状況で討伐している。

 それを可能にしたのは、ひとえにセラスの大活躍のおかげだ。

 そしてセラスは、俺についてくる気満々である。

 つまり今後は『実力が知れ渡ったセラスに問題が持ち込まれる』からの、『俺がそれに巻き込まれる』というコンボが発生する可能性は、限りなく高い。


「なんてこったぃ」

「ご愁傷さまです。でもシノーラさんのカッコいいところも見れたので、私としては今回の結果もなかなかよかったと思いますよ」

「それはどうも」

「もっと派手なら最高でしたが」

「それだけは絶対嫌だ」


 優しいミュトスの慰めを受け、俺はがっくりと肩を落とす。

 そんな俺のところにセラスが戻ってきた。


「シノーラ、やっぱりこのメガネは凄いな! 敵の攻撃があんなにはっきり見えたのは、生まれて初めてだ!」

「それは良かったね」

「どうしたんだ? なんだかショックを受けてるみたいだが?」

「ああ。ちょっと思惑と違う展開があってね。でもセラス。女の子なんだから、あまり危ない真似はするんじゃないぞ?」


 こちらを心配そうに見上げるセラスの頭を、俺は優しく撫でる。

 そもそもセラスは未成年で、しかも女性だ。

 そんな彼女がグリフォンの正面に立つのは、正直言って感心しない。今回は急襲だった上に、敵が強かったのでしかたなかったのかもしれないが、傭兵諸君にはもう少し奮闘してもらわねば。

 そんな俺の思惑を知ってか知らずか、セラスは不本意そうな表情をしていた。

 どうやら彼女の活躍を誉めなかったことが、お気に召さないらしい。

 彼女が頑張ったのは事実なのだから、ここは褒めてあげねば、捻くれた性格に育ってしまうかもしれない。


「でも、よく頑張ったな。あんなに強いなんて、思わなかった」

「フフフ、それほどでも」


 俺の賛辞にニンマリとした笑顔を返すセラス。

 それを見て、今度はミュトスが頬を膨らませるのだった。俺にどうしろというのか?

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