第42話 魔法の特訓

 相手はドラゴンとも見紛う、巨大なグリフォン。

 その巨体に物怖じせず、傭兵たちが襲い掛かっていく。

 もちろん剣や槍だけでなく、矢や魔法での攻撃もある。

 しかしそれらを加味したとしても、グリフォンに有効なダメージを与えているとは言えなかった。


「俺の剣技の虚空なら、あいつにも有効なダメージを与えられるんだけど」

「今あの技を使ったら、周辺の味方も空間に磨り潰されちゃいますよ?」

「わかってる」


 剣神ゴルドーから伝授された技、虚空は強力ではあるが、攻撃範囲の制御が全くできないのが難点だ。

 もしグリフォンに虚空を使えば、グリフォンを中心に十数メートルは確実に空間に磨り潰される。

 その範囲内には、言うまでもなく傭兵たちが無数に存在していた。


「魔法で始末するしかないか。よし――」


 傭兵たちはグリフォンの足元に群がり、グリフォンは強力な爪で彼らを薙ぎ払っている。

 つまり頭部は完全に無防備な状態だ。

 狙うなら、頭。それも足元に注意が向いている今をおいて、他にない。


ファイア――」


 ボールと続けたいところだったが、その直後に俺の後頭部に衝撃が走り、意識が暗転してしまった。




「――きゅう?」


 目が覚めると、視界は白と青だけ存在する空間。つまり、いつもの特訓の世界だと判明した。


「また、ここか」

「はい、またここです」


 目の前に現れたミュトスは、いつもの緩めの服装をしていて、その無防備な胸元や脇などを目にして懐かしさすら覚える。


「やはりミュトスはこうじゃないと」

「な、なんですか、いきなり?」

「いいや。それよりどうして今回は呼び出されたんだ?」


 俺はまだ、戦場に足を踏み入れてはいなかった。

 そう言えば気を失う寸前に後頭部に衝撃を感じたのだが、あのせいだろうか?

 あの場で、頑強のスキルを持つ俺にダメージを与えられる存在なんて、ミュトスくらいしかいないと思ったんだが。


「はい、私が殴りました」

「なんで!?」

「あのままだと傭兵たちまで焼かれていましたから」

「待て、火球ファイアボールの魔法って、そんなに威力あったっけ?」

「本来なら、無いんですけどね。シノーラさんは異世界人で、魔力を生成する器官を『私が』後付けしましたから」

「転生者の魔力がでかくなるってのは、それが原因か」

「そんなところです」


 だが俺が使用したのは一般的な火球ファイアボールの魔法。しかも魔力制御スキルで平均的な威力に調整していたはずだ。

 今さら特訓が必要なほど、変な威力にはならないはず。


「以前のあなたなら、それほど高威力にはならなかったでしょう。それに闇帝との戦いなら、変な手加減も必要なかったので、高威力でも問題なかったはずです。しかし今回は仲間と一緒に戦う状況。いつもより精緻な制御が必要になるんです」

「魔力制御のスキルがあっても、そこまで精密な制御はできないってこと?」

「正確には細かな制御に慣れてもらうために呼び出しました。さすがに慣れるまで待っていては、人死にが出ますので」


 確かに俺は今まで、攻撃的な魔法を使ったことはない。

 初めて使う魔法が暴発して、周囲の味方を巻き込む可能性は、大いにある。

 ましてやミュトス手ずから追加した魔力生成器官を持っているのだから、むしろ高いと言っても過言ではない。


「そんなわけで魔法の特訓です。魔法神エルヴィラ、おいでませぇ」


 ミュトスが腕を振り上げると、こんどは妙齢の、妙に色っぽい女性がその場に立っていた。


「この子は魔法をつかさどる神のエルヴィラです。少し人見知りなのですが、基本良い子なので――」

「ペッ」


 ミュトスの商会の途中、エルヴィラは俺を見て、眉を顰めた後、唾を吐き捨てた。

 そこに親愛の情は欠片も存在しない。


「あの、エルヴィラ?」

「お母様。ゴルドー兄様から良からぬ話をお聞きしたのですが?」

「良からぬ?」

「ええ、お母様に男ができたと。あの武骨で無神経で無駄に世話好きな兄様が、それはもう嬉しそうに」

「そ、そんな話は……まだ」

「まだ?」

「未来は私にも予知できないので!」


 両拳を握って力説するミュトスを、エルヴィラは正面から抱きすくめる。


「ああ、もう。お母様ってば可愛らし過ぎ。お持ち帰りしていい?」

「私をどこに持ち帰るつもりですかっ! それよりシノーラさんに魔法の特訓を……」

「いやです。お母様にまとわりつく虫に、力を貸すなんて」

「どういう理屈ですか!?」

「そうだぞ。むしろ俺がまとわりつかれている」

「あぁん?」


 俺の反論に、エルヴィラは美女がしてはいけない表情で俺を睨んでくる。

 なんというか、人間の限界に挑戦するかのような顔の歪め方だった。


「いや、なんでもない」

「虫は大人しくしてればいいのよ」

「虫扱いかよ」

「なにか異論でも?」

「いいえ」


 まぁ、神様もたくさんいるのだから、相性の悪い神もいるだろうさ。

 みたところ、極度のマザコン……いやロリコン? をこじらせたような性格に思えるので、そこに触れなければ問題は無いだろう。


「まぁいいです。お母様の『お願い』となれば、私に否はありません。しっかりと仕込んで差し上げましょう」

「よ、よろしくお願いします」

「それじゃ、私はお茶の用意をしてきますね」

「ああっ、お母様ァ」


 ひょいと身を翻して姿を消したミュトスに、哀れな声を上げるエルヴィラ。

 しばらくはその恰好で固まっていたが、突如こちらに振り返り、金切り声を上げた。


「なにやってるの! さっさと特訓を終わらせるわよ!」

「いや、まず何をしていいのか、分からんし」

「魔法をぶっ放しなさい。まずは魔力が枯れ果てるまで!」

「そんな無茶な」

「緻密な魔力制御なんて、魔法を撃った回数だけ上達していくものよ。あなたはここで、世界の誰よりも魔法を放って、その力を手に入れてもらうわ」

「地味過ぎ!?」

「グダグダ言わずにやれ!」


 半ば八つ当たり気味に怒鳴られ、俺は再び火球ファイアボールの魔法を起動する。

 中空に火の球が生み出され、それを誰もいない雲の上に投げつけ爆発させた。

 距離はざっと二十メートルは離れていただろう。

 なのに爆風が俺のところまで届いてきた。それを見てエルヴィラは感心したような声を上げる。


「なるほど。魔力量だけなら、確かに頭抜けているな。魔力制御が必要になるわけだ。続けろ」

「他にアドバイスは!?」

「まずは爆風が自分のところまで届かなくなるまで、極小化しろ。ただし火力は下げるな」

「いきなり無茶振りだな、おい!」

「さっさとやれ!」


 叱咤の声と同時に、俺の尻に雷球が叩き付けられた。

 その衝撃に痺れ、髪が逆立つ。しかし頑強のスキルを持つ俺は、その程度では怪我を負わない。


「お、なかなか丈夫じゃないか。これはシゴキ甲斐がある」

「慈悲は無いんですか!?」

「ねぇよ」


 もはや媚びる気配すらなく、美女が吐き捨てるように拒否する。

 こうして俺は、延々と魔法を撃ち続けるという苦行に、足を踏み入れたのだった。

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